早起きは三文の徳Ⅲ
「ほら、サクラ。座って……お湯、かけるよ」
後ろから着いてきたアイリスが桶を使って、流れてくるお湯を貯める。寝ぼけて左右に揺れるサクラの頭の上から、それを一気にひっくり返す。
滝のように流れ落ちると、そこには一転して目と口を思いっきり閉じて顔を強張らせるサクラがいた。
「おはよう。サクラ。目、覚めた?」
「――――おはよう。目は覚めたけど、心臓に悪いよ」
「サクラさん。本当に朝が苦手なんですね。ここに来るまでも、傍にいなかったら立ったまま寝ちゃいそうでしたよ」
フランが隣の木でできた風呂椅子に座って、肩へとお湯をかける。
夏の暑さがまだ残る時期だ。いくら魔法で綺麗にしたとしても、実際に汗をお湯で流す感覚とは別物だろう。三人とも気持ちよさそうにしながら何度かお湯をかけていく。
「うーん。自分では起きてるつもりなんだけどなぁ。こう、いつの間にか時間が経ってるというか」
「……学園の授業とか遅刻しませんでした?」
「不思議なことに、一度も、ない。サクラの七不思議の一つ」
「待って、私の七不思議ってことは、後六つもあるってこと?」
アイリスは掌大の布の袋で二の腕を撫でながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「残りは……ヒミツ」
「ちょっと気になるでしょ!? 誰かに言いふらしてないよね?」
「私と、マリーしか知らない。――――今は」
顔を逸らしたアイリスへ掴みかかろうか迷うサクラだったが、手を何度か上下させた後、諦めて前を向く。
アイリスが持っているのと同じような袋をお湯につけて何度か揉んだ後、同じように体へと当てていくと、フランは同じく手に握られた同一の物を見ながら、ほぅっと息を吐く。
「流石、伯爵家ですよね。薬草を詰め込んだ袋で体を洗うなんて。十や二十を用意するのは簡単ですけど、使い捨てでこの屋敷人数分だとかなりの量になるんじゃないんですか?」
「ビクトリアさんが研究で使った残りを入れたものだから、って言ってるけど、それでもこの量は凄いよね」
「他にもギルドで集めた薬草からポーションを、マリーのお母さんが一括で作ってる。いつも大量に送られてくるから困らない、って言ってた」
本来、体力や傷を回復させたり、治癒したりする効果がある薬草だが、健康な体に使えばよりよくなる効果もある。
いわゆる、美肌効果というやつだ。化粧水代わりにも使われ、多くの貴族夫人が金に糸目をつけず、良質な薬草を求めて依頼を出すことも少なくない。また、一部ではあるがポーションを使った風呂に浸かるなんて者もいる。
冒険者だけでなく、貴族にも必要とされているのだから、当然ギルドでの常設依頼があるのも頷ける。
余談ではあるが、王都で一時期、ソラスメテル薬草などの上位互換の薬草が大量に出回ったため、一部の奥様方がその手の店に使用人の行列を作ることになったほどだ。
その原因である男は、今、戦々恐々としながら風呂場に木霊する女子トークを聞きながら、岩を背後に湯に浸かっている。
「(くっ……ここから扉まで行くには、確実にサクラたちの視界に入る。風呂の中にいる間は潜るなりなんなりして隠れることもできる。だけど上がった瞬間に隠れる場所もないし、音でバレる。どんなに上手く行っても扉を開ければ確実に見られる。どうやってもアウトだ……!)」
何とかして脱出方法を考えていたユーキだったが、上手くいく道筋が一つたりとも浮かばない。視界と音の二つの内、どちらかを何とかしない限り、この部屋から逃げることは不可能だ。
「(天井の魔法石が全部壊れれば真っ暗になるけど、そんなことはできないし、音を封じる魔法なんて使えない。こんなことなら、体の時間間隔が伸ばされているときに、魔法の本をいっぱい読んでおくんだった)」
せめて、何か自分が見た本の中で使える知識はないか、必死で以前に読んだ魔法の効果を思い出していく。
だが、読んだ本の多くは基礎の基礎。おまけに、ユーキが使える魔法は火初級汎用魔法くらいで、他の魔法を使おうとするとぶっつけ本番になる。
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