存在否定Ⅵ
ポーションを飲み干して、空き瓶をサクラへと返すと、頭痛も次第に収まってきた。
フランもポーションを飲まずとも、ネックレスから魔力が吸収されているため、顔色が良くなっているのがわかる。
そこでユーキは、自分の視界がまだ魔眼を開いていることに気付いた。
「(いや、違うな。フランは普通に見えているから、魔力だけが色で見えているのか?)」
普段の視界と魔眼の視界が入り混じり、混乱していると視界の端に再び黒いものが蠢いた。
眼球がまず動き、その正体を捕捉する。
「(――――こいつ、地面の中を!?)」
集中砲火を浴びている地点からユーキたちに向かって、バレーボール大の塊が地中を突き進んできていた。既にそれは堀を渡り終え、街の中へと侵入している。
そこから最も近い位置にいたのは――――
「――――フェイ!!」
やっとのことで顔と体が動き出した。同時に、ユーキの時間感覚が再び引き延ばされる。
何事かと驚くみんなの顔。特に呼ばれたフェイは、目を見開いてユーキを見返していた。その後ろ、四メートルほどの場所から触手を伸ばすかのように赤黒い泥が襲い掛かる。
瞬間的に伯爵が気付き、右手の大剣を薙ぎ払った。
しかし、器用にそれを避けた泥はフェイの驚愕に染まる顔目掛けて飛び込んでいく。
五十センチ、四十センチ、三十、二十、十――――
「――――っ!?」
思わず目を瞑ったフェイの上半身が首を中心に一気に後ろへ持っていかれる。
地面へと投げ出されそうになったフェイが目を開くと、ユーキがいつの間にか自分のいた位置と入れ替わっていた。
遅れて、自分の襟を掴んでユーキが引っ張ったのだと気付いたのだろう。それはフェイの代わりにユーキが身代わりになるということに他ならない。頬を引き攣らせながらも手を伸ばす。 フェイに出来ることは、せめて、ユーキがガンドで反撃できることを祈ろるくらいだ。
しかし、フェイの目は更に大きく見開かれる。
ユーキの右手がフェイの方へと向いていたのだ。右手で襟首を掴んで引き寄せれば、当然、その手は後ろへと投げ出されるだろう。
つまり、ユーキはこの一瞬で右手を構えてガンドを発射しなければならない。
ただし、その標的である相手は既にユーキの手の届くところまで来ていた。辛うじて左手で顔を庇っているが、尾の一撃が人の上半身を吹き飛ばすほどの威力だ。決して油断はできず、最善策は避けること以外ない。
「――――このバカッ……!」
そのまま突っ込んでいくユーキの姿を見て、フェイはユーキは伸ばし切った左腕を届かせようとするが、届かずに虚しく空を切り、見る見るうちに離れて行った。
ユーキの左腕に触手が触れた瞬間、破裂音と共に生暖かい液体が飛び散り、フェイの顔へと降り注ぐ。
「あ…………」
鼻腔を埋め尽くす鉄の匂い、赤く染まる視界。
いつぞやの路地裏で見たものとは違う、本物の「血飛沫」。それを目の前にして誰もが言葉を失う。
「いってええええええええええ!!」
当の本人であるユーキは、思いきり叫ぶ。元々、補給できた魔力も最初に飲んでいたポーションによる回復作用で得たもので、すぐに使い切ってしまった。魔力を使い切ると時間感覚も戻ってくるようだ。
「は、早く治療を――――いや、先にあの化け物を何とかしないと!」
「父さん、何ボーっとしてるんだよ。早く、吹き飛ばして!」
クレアとマリーが捲し立てるが、伯爵はユーキに襲い掛かった渾沌がいた場所を見つめていた。
信じられないものを見たかのように目を見開きながら、返事をする。
「その必要は、ない」
「――――え?」
「今、彼が吹き飛ばした。全部な」
言われてみれば、ユーキの左手から流れる血は辺りに散らばっているが、渾沌のいた形跡が全く見られない。
「とりあえず、彼を治療する方が先だな。神官を呼ぶか……いや、誰か魔力が残っているなら治癒魔法を――――」
『ご心配なく。既に私がしていますから』
ギルドマスターには聞こえない様にウンディーネが語り掛ける。
ユーキのだらりとぶら下がった腕から血が滴り落ちていたが、破れたコートと中の服の間から見える腕には、うっすらと青い膜が張っていた。出血によって赤く濁っていくが、見る見るうちに傷口が塞がっていってるのがわかる。
「一体、何があったんだ。何をしたのか全く分からんかった」
ギルドマスターは伯爵とユーキを交互に見るが、伯爵は首を振って城壁の外を見た。
「とりあえず、化け物は消滅した。攻撃をやめさせて、城壁を修理しなければ。あと、ビクトリアにも連絡を入れないとな」
「む、それなら砦まで行かないと」
「いや、だれかに火球の魔法を上げさせれば、砦から連絡がいく。クレア、できるか?」
「い、今すぐに!」
伯爵に言われてクレアが火球を真上に放つ。こうして、帝国侵略防衛線は幕を閉じた。
その報が王都とビクトリアに届くのは、この十数分後のことである。
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