存在否定Ⅰ
紅の閃光が何度も弾ける。その度に渾沌の体は体液をまき散らすが、スライムのように体へと戻っていく。
むしろ、体液が集まり、次第に胴を形成しようとすらしていた。
「くっ、これでも火力が足りないか……」
ユーキは歯を食いしばりながら、右腕へ魔力を共有する。既に何発も撃っているが、相手の再生能力が上回っていた。対応しているメンバーの中で効果的にダメージを与えられるのがユーキとマリー。
そして、意外なことに一番のダメージ源はフランであった。
「うぅ……あと私はどれくらい魔法を使っていいんですか?」
吸血鬼として暴走するわけにもいかないので、一番連射が遅いフラン。それに反して、一発一発丁寧に放っている火球は、見事に渾沌の抉れた胴の中で炸裂し、体液どころか、元々無傷だった四肢を吹き飛ばすことすら成功している。
「あたしとユーキは火力が高いからわかるけど、何でフランの攻撃が一番通ってるんだ!?」
「マリー! おしゃべりは良いから次の詠唱を早く!」
クレアが即座にマリーの口を閉じさせて、渾沌へと集中させる。
爆風が何度も巻き起こるが、依然として渾沌は再生を止めようとしない。むしろ、耳障りな嗤い声まで復活している。
「火局っていうんだから、水の魔法とか効かないのかよ!?」
「さっきからやっているんですが、どうにも相性が悪いみたいです。再生を遅らせる程度しか効果がありません!」
誰もがいつ終わるとも知れない状況で魔法を使い続けていたが、恐れていたことが起こる。
「『――――一条の閃光なり』……えっ!?」
騎士の一人が唐突に魔法が放てなくなった。
「馬鹿野郎っ! ポーションを早く飲め!!」
「――――あ……」
必死になり過ぎて魔力が枯渇していることに気付いていなかったのだろう。
途端に襲ってくる眩暈と悪心に耐え切れず、前のめりに倒れて行く。慌てて他の騎士が支えるが、こうなってしまうと戦線復帰は絶望的だ。
魔力ポーションの効果が発揮されたとしても、一度、肉体に症状が出てしまうと、それが消えるまでには時間がかかる。当然、そんな状態で魔法を使っても効率が悪くなるだけだ。
「せめて、冒険者たちがいれば、まだマシだったかもしれないが……」
伯爵は悔やむが彼らを責める気にはなれなかった。むしろ、この化け物が出てくるまで戦ってくれていただけ感謝すらしている。それでも、現状を考えるとそんな綺麗ごとを言っている暇はない。
自前のポーションもそんなに少ないことを考えると、このまま戦い続ければ間違いなく、魔力切れの騎士が続出することが予想される。
交代要員がいるだけでもかなり継戦能力が上がる。欲を言えば、ポーションなどの補充できる支援部隊がいれば、文句なしだった。
そんなことを思っている内に、渾沌へ注がれる火球の数がどんどん減り始める。同数のポーションを持った騎士たちが、同時に休みなく攻撃を続けていた。誰かが魔力切れということは、言い換えれば、個人の差はあれど全員魔力が枯渇しているということだ。
攻撃が減った渾沌はここぞとばかりに体を再生させ始め、脚に力を籠めて立ち上がり始める。
「こうなったら、俺が直接ぶった切って……!」
「父さん。あの状態の敵に突っ込んだら何してくるかわからない。我慢して!」
クレアの言葉に思いとどまる伯爵だったが、このままいけば確実に渾沌は復活する。
その焦りに伯爵が思い立ってもいられず一歩前に出た。その横を火球が素早く通り過ぎて行く。
「な――――!?」
思わず振り返った先には、ギルドマスターが立っていた。
しかも、その後ろにはギルドの職員を大勢引き連れている。
「遅くなった! 西側の混乱を収拾させてたせいで、時間がかかっちまった。ここからは俺たちも手伝うぜ」
「魔術師部隊、城壁に均等に分かれて火球を放ち続けろ! 交代のタイミングは部隊長に任せる。神官は負傷者の回収と治癒を急げ! 早く!」
ギルドマスターの後ろで部下が声を張り上げると、一斉に城壁へと駆け出した。
「おい、こいつらもしかして……」
「おう、うちの秘蔵のブラックリスト対応部隊だ。普段は町中に潜入させてるんだが、今回ばかりは動かさないとやばいからな。四人一チームを六セット連れてきた。後のは砦に残してある。ここに来るついでに、教会にも声をかけて来たってわけだ」
「すまない。助かった」
「はっ、おまえさんからそれが聞けただけで上出来だ。お前ら! 伯爵様が苦戦する相手だ! 油断すんなよ!」
ギルドマスターの声に応えるように勢いよく火球が放たれ始める。再び、破壊と再生が拮抗し始めた。
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