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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第2巻 漆黒を歩む者

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流れ着く果てⅠ

 門を抜けて森へ向かいながら、主にルイスの紹介を聞くことになった。

 最初は敬語で話していたユーキだったが、ルイスから同じくらいの年齢だからという理由で、敬語はやめるように言われる。見た目は経験を積んで落ち着いた二十代の青年かと思ったが、年は若いらしく「まだ十代」らしい。本人は神官なので常に敬語を使うようだが、ユーキは彼の意思を尊重することにした。

 隊列はユーキを先頭に、ルイス、マリー、アイリス、サクラ、そしてクレアと続く。

 ユーキが道案内する形で歩を進めていく中、ルイスは止まることなく言葉を紡ぎ出す。


「所属する教会は、この国に伝わる神で名をマリス様と言います。どのような神かと言いますと軍神でしてね。逸話を一つお話しすると、『農耕を行って平和に人々が暮らしていたのですが、魔物によって土地を荒らされ困ってしまう。困り果てた人々の元にマリス様が現れ、魔物を一息に蹴散らして平和をもたらした』というものです。一説によると農耕神であるという考えもあるようですが、私の所属では軍神という扱いになっております」


 ユーキは話を聞きながら、どこにでもありそうな神話の一部だなと半分ほど聞き流していた。なぜかというと――――


「――――よって、暴力すべてを禁じるのではなく、防衛目的の積極的攻撃は推奨されるべきであるというのが――――」


 この神官ルイスは話が長い。とてつもなく長い。話が長いのは、教えを広めるのも神官の仕事だからなのかもしれないが、同じような話を二度、三度繰り返し聞かされるのは疲れてしまう。

 クレアも含む女性陣も疲れ果てており、ユーキとしては、その疲れ顔をルイスに見られないポジションでよかったと思っていた。


(あれ? 俺たち何しに来たんだっけ?)


 途中でユーキは、本気で目的を忘れかけた瞬間さえあった。しかし、ルイスは将来有望な神官らしく、戦闘もかなりの腕前らしい。会話の内容が「謎の穢れの大移動」になった時、彼の目の奥に炎が宿った。


「クレアから話は聞きました。我々でしか浄化できない可能性のあるものが森に出現した、と。仮に浄化が必要なくても魔物の殲滅なら、お役に立てます。このような事態に呼んでいただけて光栄です」

「攻めも守りも自由自在なんて最高だろ。まぁ、頼りになるから何とかなるだろ」


 ルイスは、森に入ってからはメイスを両手で握っていつでも迎撃できる態勢をしていた。時折、その目がせわしなく動く。ふと、先ほどまで饒舌だったルイスが黙った。


「――――やけに静かですね。コボルトやゴブリンとも出くわさないなんて珍しい」


 思わずユーキが足を止めると、後ろに続いていたルイスたちも足を止める。耳を澄ましても、聞こえるのは葉のこすれる音だけだ。小鳥の鳴き声一つ聞こえない。その静寂さが明るいはずの森を生命が息絶えた死の森のように感じさせた。


「そういえば、オークに会う直前も静かだったような気がする」

「大丈夫だって、あたしとユーキだけじゃない。魔法使いが三人に神官もいるんだ。前衛、後衛もそろって、そこらの魔物には負けないよ」


 不吉なことを言うクレアに、思わず何人かが反応する。


「姉ちゃん。それ『死相のある兵が言うセリフ』で有名なやつだよな?」

「油断大敵です。クレアさんが強いのはわかっていますが、気を付けましょう」


 マリーとサクラがクレアへ注意する。クレアも冗談で言ったのだろう。すぐに顔を引き締めた。そんなやり取りをしているうちに、泉の近くまで到達する。ユーキは魔眼を開いて辺りを見渡してみた。


「そろそろ泉の近くになる。警戒していこう」

「そうだね。周りに魔物の気配はないけれど、警戒するに越したことはない」


 ユーキは全員が頷いたのを確認すると、刀を抜いて足を進める。感覚的に言えば、あと百メートルあるかどうかというところで泉に出るはずだった。

 最初に目に入ったのはなぎ倒された木々だった。地面からユーキの腰辺りの部分が力づくで叩き割られたかのように折れていた。折れた部分はささくれ立ち、なぎ倒された木々もところどころが陥没している。その向こうを見れば泉があり、その距離は五十メートルもなかった。


(まるでオークに遭遇する直前の開けたところみたいだ。ここまで似通った状況になるか?)


 既視感から何か嫌な予感を感じ取る。外れて欲しいと願うが、ユーキはだからこそ「こういう時ほど、『当たる』」と思っていた。


「酷い、こんなに木々をなぎ倒すなんて」

「森がかわいそう」


 サクラとアイリスも辺りの惨状に顔をしかめる。最後尾のクレアはユーキと同じことを考えたのか、オークがいないか警戒をしていた。ルイスは少しばかり、顔が青ざめているようにも見える。


「大丈夫だとは思いますが、この惨状を見ると相手は中型の魔物と見ていいでしょう。もう少し、装備を整えるべきでしたか……」

「いや、数分で準備してきてくれたんだ。多少、準備ができなかったのはしょうがない。だから、ルイスは無理をしないでくれ」

「はい。もしかすると、私も彼女たちと同じように後衛に専念させていただくかもしれません」


 ルイスは背後のサクラたちを見て続けていった。


「中型の魔物だった場合、後衛は上半身――――特に顔――――を狙って魔法を放ちましょう。特に火属性は、どんな魔物でも基本的に有効です。熱と光で目が眩んでいる間に、前衛の二人は下半身を攻撃して機動力を削いでください」

「あぁ、その作戦に異論はないよ。前衛と後衛のいるパーティで中型以上に挑むときのオーソドックスな作戦だ。あとは中型が複数体現れた時の対処だな。それ未満の奴が複数いても十匹程度ならルイスやマリーたちが薙ぎ払える。とりあえず、ルイスにそっちの指揮は任せるからな」


 ルイスとクレアは視線を合わせると小さく頷いた。ユーキも戦闘は素人なので、口を出さずに次の指示を待つ。それはサクラたちも同じだと思っていたが、マリーが口を開いた。


「万が一、でかいのが複数現れたら迷わず撤退しようぜ。単独パーティーが解決する問題を超えてる」

「いくらユーキが、オークを倒せる力があっても、安全とは限らない」


 アイリスもマリーの言葉に続いて意見を述べる。引き際を見誤ってはならないと告げる彼女たちの言葉をルイスもクレアも否定しなかった。


「ウンディーネさんには悪いけど、引き返すことも大事だと思う」


 会敵イコール殲滅はいわゆる脳筋思考だ。引くことも一つの戦略、最後に解決できればいいのだから無理をする必要はない。


「わかった。では、撤退時はクレアが先頭。私とユーキ君が殿、ってことでいいかな?」

「もちろん。そもそも、俺が問題に巻き込んだんだ。真っ先に逃げるのはカッコ悪いだろ」


 ルイスが申し訳なさそうに視線を向けてくるが、ユーキは迷わず頷いた。その直後、精霊の声が頭の中に響く。


『何かがこっちに近づいて来ています』

「こ、これは何ですか?」


 ルイスはクレアから知らされてなかったのか、頭を押さえて驚く。ルイス以外は、すぐに戦闘態勢を取る。魔法学園組は杖を抜き放ち、魔力を溜めている。クレアはルイスに端的に説明した。


「ウンディーネが、今回の依頼主だ。そいつが語りかけてきてるのさ」

「――――あぁ、わかりましたよ。こんな状況で悪戯するとは思えませんし、そういう風に信じておきます」


 ルイスも遅れてメイスを構える。まずは浄化をするためか魔力が体内を駆け巡り、メイスへと注ぎ込まれていく。白い光がルイスのメイスから溢れんばかりに収束していた。

 やはり、魔眼は魔力を認識しているのだと、ユーキは再確認しながらも、ウンディーネに問いかける。


「ウンディーネ。数はどれくらいだ?」

『大きい塊が一つ。小さいのが二つです』


 大量の敵が迫っていないことにほっとする一方、大きい塊が何者なのか緊張が走る。


「ルイス。大きいのに浄化を試した後は、小さい奴をマリーたちと片づけてくれ。それまでユーキとあたしが、そのデカい奴を足止めする」

「わかりました。君たちは最初に近付いて来た奴に魔法を放ってください。随時指示を出しますので」


 全員が戦闘態勢でいると、ユーキたちが北方向とは反対側の泉の傍から巨体が姿を現した。魔眼を開いていたユーキは鋭い痛みに思わず、頭を押さえる。


(前のオークみたいに体の至る所が漆黒に浸食されている!? いや、それよりも、その範囲が広い!?)


 出てきたのはオークだった。身長も以前倒したものと変わらない。魔眼で見なければ、見た目もほとんど一緒だった。しかし、その両手に握られたものに、全員の視線は釘付けになる。


「何だ、あいつ。ゴブリンなんかを捕まえて何をするつもりだ?」


 オークの両手にはゴブリンが一体ずつ握られていた。まだ生きているようだが、ぐったりしている。そして、ユーキの魔眼にはゴブリンもまた、漆黒に塗りつぶされようとしているのが見えた。

 出てきただけで、何もせずにいるオークに全員が呆気にとられていると、ウンディーネの声が響いた。


『あぁ、そんな悍ましいことが起こっていたのですか。信じられません。穢れはすべて、あのオークが……』


 ウンディーネが言おうとしたことをユーキは理解できなかった。しかし、オークが起こした行動でそれを理解させられてしまう。

 オークは右手をおもむろに持ち上げて、口を開いた。その行為に、何が起こるか予想がついたのだろう。サクラたちは目を瞑って顔を背けた。かろうじてマリーが片目を薄く開けて、起こったことを把握しようとしていた。

 逆にクレア、ルイス、ユーキは予想しながらも目を逸らさなかった。そこで響いてきた音は――――


 ――――ゴギャッ、グチュ……ゴリュ……


 骨と肉をかみ砕く音だった。

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