渾沌、七竅に死なずⅠ
「弱点が、ない?」
「わからないの。顔のない方は目と鼻と耳と口。人間に全部で七つの穴を開けられた結果、それが原因で死んでしまった。転じて、自然に人の常識を無理に押し付けてはいけないって書いてあったの。でも、あの犬にはもう既に顔がある。どうやっても、あれは……」
「だったらもう一度、その顔に風穴開けてやる!」
ユーキがガンドを連続で四発。渾沌と思われる化け物に放つ。
青白い軌跡が四条。ユーキの魔眼にだけ映り、そのまま渾沌の顔へと吸い込まれていく。顔面に触れた瞬間、顔の一部を抉りながらも、ガンドの方が砕けるように弾け飛んだ。
しかし、その傷もすぐに一瞬で肉といってもいいのかわからない物質で埋め尽くされ、元通りになってしまう。
「……まじかよ」
傷一つなく、渾沌は嗤う。
そして、再び城壁目掛けて走り出した。その姿を見て、城壁にいる人々の間で悲鳴にも似たどよめきが広がる。
「くっそ、こうなったら撃って撃って撃ちまくるぜ!」
誰もが同じことを考えたのか。属性問わず、様々な魔法が渾沌目掛けて放たれる。それは、ビクトリアの放つ魔法も同じで、多くの兵を薙ぎ払った炎が渾沌を包み込んだ。
「まさか、これも……!?」
流石のビクトリアにも動揺が走る。渾身の一撃とは言わずとも、それなりに魔力を込めた魔法。ダンジョンのボスでも余程相性が悪いか、深度の深い強敵でなければ、一瞬で消し炭にするほどの威力にしたにも拘わらず、渾沌は僅かに歩みを止めるだけですぐに動き出す。
次第に、城壁の上から飛んでいく魔法が少なくなり始める。魔力切れかと上を見上げると、そうではなかった。
「こ、こんなバケモノ相手にやってられっか!」
「ビクトリア様の魔法でも止まらないなんて、普通じゃねえ! 俺たちに倒せるかよっ!」
一人、また一人と街の中へと消えて行く。いや、もしかすると反対側の王都へと逃げ出しているのかもしれない。
「おい! ちょっと待てよ! みんなで力を合わせれば、倒せるかもしれないだろっ!?」
「それで死んだら責任取れんのかよ!? 元々はここの領主と騎士団がやらなきゃいけない仕事だろうが、俺たちは善意で手伝ってやってたんだ! 文句言ってんじゃねえ!」
返ってくるのは辛辣な言葉と去っていく足音。
好き勝手言って去っていく冒険者たちに言い返そうと一歩前に出るが、それをフェイが止めた。
「時間の無駄です。今は、目の前の相手に集中するべきです」
鈍い音が響き、伯爵が渾沌を弾き飛ばす。地面へと激突する瞬間に魔法が殺到し、土埃が舞い上がる。
それでも無傷で立ち上がる姿に恐怖を抱きながらも、騎士たちは逃げることなく魔法を放っていた。
「貴族と騎士は、弱き民を守るためにある。だから、僕たちが頑張らなければいけない時なんです。文句なら、あいつを吹き飛ばした後にしましょう」
「そうだな。こうなったら全力であの駄犬をぶっとばす!」
全員が杖を構えて、魔力を集中させる。
体から湧き上がる魔力が杖だけでなく、体中から迸っているのがユーキの魔眼にははっきりと映っていた。
本来ならば、周りの魔力に侵食されるはずの魔力が、逆に侵食し返してあっという間に膨れ上がっていく。
「『――――我が声に応え、来たれ、大いなる魂。其は荒ぶる劫火の如く、我が前に立ちふさがる災いを焼き尽くせ』」
「火の汎用上級魔法……! みんな、マリーから離れて!」
アイリスが焦りながらも避難を促す。
その理由は言われずともわかる。ただでさえ、下級の呪文でユーキが放ったガンド式の火の魔法と同等なのだ。それを上級呪文で放てば、どれだけの被害が出るかわからない。
「いっけえええええええ!!」
フェンシングのように突き出された杖から、視界を覆いつくさんとばかりに巨大な炎が躍り出る。
それは蛇が獲物を飲み込むが如く、あっさりと渾沌の体を呑み込んだ。そのまま、炎は出続けてマリーの杖から放出が止まり始めたのは十秒ほどしてからだった。ほぼほぼ魔力を使い果たし、眩暈でふらつきながらも、マリーは大声で啖呵を切る。
「はぁっ、はぁっ、どうだ犬っころ。流石にこれで――――」
消えかけていた炎の尾から、黒い影が突き破って表れた。
反応する間もなく、マリーの目の前に黒い穴が広がっていく。それが渾沌の口だと気付くには、あまりにも遅すぎた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




