渾沌はただ嗤うⅤ
フェイに引っ張られながら、ユーキは急いで街の中へと戻っていた。
「しかし、ユーキ君。あの距離からの攻撃、よく当てられましたね」
「いえ、何か……こう、ガンドが飛んでいく軌跡みたいなのが見えるので、基本的に相手が動かなけば当てられるかと」
「なるほど、魔眼持ちだとは聞いていましたが、ガンドとの親和性が高い。もしかすると未来予知に近い能力かもしれませんね」
「俺もそのあたりがよくわかっていないので、何とも言えませんが」
アンディの言葉にどう答えたらいいかわからず、適当に相槌を打つ。
その横でフェイが心配そうに声をかけてきた。
「さっき、攻撃をしていた時の様子がいつもと違ったけど、何かあったのか?」
「いや、別に……」
「ビクトリア様と帰ってきてからもそうだ。君らしくない、というか雰囲気が違うというか」
「何でもないから、放っておいてくれ」
「……わかった」
ユーキが語気を強めると、フェイもそれ以上追及することができずに黙ってしまう。
暗い通路を抜け、城壁には登らずに街の中へと走っていく。
そんな中でユーキは昨日から自身へ起こっている奇妙な感覚を思い出していた。
「(何だろう。あの矢の攻撃を受けた時から、戦わなければという感覚が強くなっている。俺はこんなに好戦的だったか?)」
それだけではない。攻城兵器を攻撃する直前。ユーキには別の映像が視界ではなく、脳裏に直接浮かんでいた。
破れた結界、城壁を登る帝国兵、それと争う騎士や冒険者たち。
その一方で伯爵と帝国の将軍と思われる二人の一騎討ち。
燃える街、略奪する帝国兵、陥落する砦、串刺しや首を晒される男たち、引きずられていく女たち。
いくつもの光景がフラッシュバックのように一瞬で駆け抜けていく感覚。まるで本当にその出来事を体験したように。
「(起きた出来事は違うが、まだそれが起こる可能性は高い。何とかして止めないと――――)」
――――何を止めるのか。
その疑問がふと自分の中に生まれてしまう。
帝国兵か、あの得体のしれない化け物か、それとも平気で人を躊躇なく殺す自分を、か。
自分の中にある優先順位が音を立てて崩れ落ちそうになる。崩れてしまえば二度と戻らない何かがあると本能が呼びかけているが、それを待ってくれるほど世界は甘くはなかった。
「危ない!!」
咄嗟にアンディがユーキを突き飛ばす。
遅れて飛んでくる瓦礫の山から頭を庇いながら、アンディがいたところを見ると、そこには例の化け物と対峙する伯爵が、アンディを庇うように佇んでいた。
「伯爵!?」
「アンディか? ちょうど良かった。帝国兵はこいつを見てほぼ敗走。他の騎士たちも城壁の修理は後回しにして、一度砦へと戻るようにしている。お前たちはそこで、こいつを迎え撃つ準備をしろ」
剣と顔が鍔迫り合いを起こしながらも、伯爵は石畳が砕けるほどに力を入れて、剣を化け物ごと薙ぎ払う。
「こいつには剣が通らねえ。多分、対物理防御に特化していやがる。相当力を入れてるはずなんだが、傷一つ付かん。砦で魔法使いたちを総動員。使えない奴は最悪、落とし穴でも掘っておけ。それができないなら。タワーシールド担いで肉の盾になるしかないかもな」
「ご冗談を」
「冗談で済めばよかったんだが。とりあえず、時間は俺が稼ぐ。準備ができたら、空に何でもいいから魔法を撃ちあげてくれ」
吹き飛ばされた化け物は、体を揺すって土埃を振るい落とす。その動きだけ見れば体のデカい犬にしか見えない。ただ、不気味な嗤い声を響かせて無傷で立ち上がる姿は、はっきりとそれを否定している。
「伯爵。どうかご無事で」
「いや、無事じゃ済まねえだろ。無事に済ませたかったら、少しでも早く準備を済ませて、ビクトリアを呼んでくれ」
「了解しました。いくぞ、フェイ、ユーキ君。こっちだ!」
アンディは化け物の視界に入らないように、一度後退して、別の道へと入っていく。
「待ってください。ビクトリアさんを呼べば、すぐに対応できるんじゃ?」
「ビクトリア様は、まだ戻られていない。ビクトリア様から我々にこの板を通じて連絡することはできるが、我々からコンタクトすることは出来ないのです」
一方通行の伝達手段。それではビクトリアも詳細を知ることは不可能だ。それならば、閃光弾か何かを空に打ち上げる方法もある。そう考えた勇輝だったが、それはアンディも気付いていたようだ。
「でも、これだけの騒ぎになっていれば戻ってくるんじゃ?」
「今ここにビクトリア様がいない。恐らく、砦に残してある魔道具で連絡がいっているはずなんですがね。妨害されているか。或いは知っていて動けないか、動かないか。いずれにせよ、砦から見た情報だけでは正確に伝えることはできません。伯爵ですら足止めにしかならないことを連絡しなければ」
アンディの走る速度は自然と早くなる。
「二人ともスピードを上げますよ。ただし、三人で動ける範囲で、です。どうしても誰かが足止めをしなければならなかったり、散開しなければいけない状況の時には私が残ります」
「それは……!」
「私には剣しか特技がありません。その点、フェイには早さも魔法も。ユーキ君にはガンドがあります。少なくとも、私よりは化け物へ対抗できるチャンスがあるということです。だから、いいですね?」
アンディは背を向けたまま、こちらへ有無を言わさぬ言葉を放った。それが彼なりの覚悟なのだろう。
それを察して、ユーキもフェイもそれ以上何も言うことはできなかった。
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