火力戦Ⅱ
東の空が瑠璃色に移り変わり始めた頃、ユーキの部屋の扉をノックする音が響いた。
しかし、それに対する部屋の主の返事は聞こえない。一瞬の静寂の後にノックが再び繰り返されるが、それでも声は帰ってこなかった。
数秒後、ゆっくりと扉のドアが開くとサクラとマリーが、足音を立てずに部屋へと踏み入ってくる。忍び足でユーキの下へと向かい、その顔を覗き込む。
「やっぱり、眠ってたね」
「そりゃ、そうだろ。あれだけあたしたちが戦ったんだ。ユーキとフェイは、それ以上に疲れてるだろうさ。あたしもまだ体中痛くて仕方ないくらいだし」
「そうだよね。でも、もうそろそろ起こさないと……」
死んだように眠る、という言葉がふさわしいほどにユーキは身動きすることなく寝ていた。胸の上下もほとんど見えず、僅かに判別できる顔の色味で辛うじて生きていることがわかるくらいだ。
心配そうに見守るサクラにウンディーネが人形サイズで姿を現して呼びかける。
『大丈夫ですよ。私の魔法で常時治療をしていますので、疲れは残っていません』
「ウンディーネさん。そんなに魔力を使って大丈夫?」
『安心してください。この程度の魔法で消滅するようなら精霊なんてやっていけませんから』
ひそひそとお互いに顔を寄せ合って話をしていると、ユーキが急に横を向いた。
慌てる三人だったが、只の寝返りだと気付き、胸を撫で下ろす。
『それで、どうしてこちらに? まだ朝日は昇っていませんが』
「父さんと母さんにたたき起こされたのさ。オースティンとかメリッサは住民の対処で精いっぱいだから、自分たちで起こして来いってな。どうやら、第二回戦が始まるっぽいぜ」
『そうですか。残念ですが、この地に更に血が流れるのですね』
ウンディーネは残念そうに肩を落とす。
「そうだな。だからさっさと、この戦いを終わらせないといけないんだ」
「あたしたちにできることは少ないけれど、やれることはやるつもりだよ」
『そう……。あまり無理をしないでくださいね。戦争は誰が死んでも、殺されてもおかしくないのですから』
そう言ってウンディーネは、ユーキの顔をてしてしと叩く。
水で構成されているせいか、あまり威力はなく、ほっぺが軽く波打った。
「――――っ、なに?」
「おはようございます。ユーキさん。少し早いけど、朝だよ」
「今から作戦会議だ。準備を済ませて、さっさと父さんの所に行くぜ」
欠伸をしながらもユーキは体を起こす。
黒いコートが掛け布団の間から現れた。深夜の戦いの後、中の服だけ着替えたユーキはいつでも出撃ができるようにしていたため、すぐにでも扉へと向かおうとする。
「あ、ユーキさん。ちょっと!」
「え?」
「頭、ほら。髪が……」
サクラに言われて、頭に手をやると後ろ側の髪が爆発していた。
「う、酷いな」
「ちょっと、頭を下げて。そうそう、もう少し」
サクラが杖を振ると小さな水球が現れて、ユーキの跳ねた髪を濡らしていく。
それを更にサクラが手でわしゃわしゃと馴染ませていくと、完全にとはいかないものの、大分マシな髪形になった。
「うん、これでちょっとはマシになったかも」
「へー、サクラ手慣れてるなぁ」
「妹が寝癖酷かったから、似たような方法でいつも直してあげてたの」
杖をもう一振りすると、軽く風が吹いて余分な水気を吹き飛ばしていく。
「へー、実はいつもユーキの部屋でそういうことしてあげてたとかじゃないの?」
「そ、そんな、はしたないことしてないからっ!」
顔を真っ赤にしながら怒るサクラだったが、マリーはいつものようにニヤニヤしていた。
「ユーキ。気を付けろよ。さっきまでサクラも寝ぼけてたからな。布団と間違えて抱きしめられちまうぞ?」
頭を下げたままユーキは、サクラの寝起きが悪いことを思い出す。
では何故、今日は早く起きていられるのだろうか、と疑問が浮かぶ。しかし、それよりも抱きしめられるという言葉の方が強烈過ぎて、そちらに意識が引っ張られてしまった。
「ほら、もう行くからね」
「あ、あぁ、ありがとう」
ユーキはお礼を言いながらも、どんどん歩いて行ってしまうサクラを追いかける。
その後ろで笑っていたマリーだったが、その表情が一瞬で真剣な眼差しに変わっていた。
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