掃討作戦Ⅲ
伯爵たちが街の治安維持に向かう中、サクラたちは砦の防衛に従事していた。
騎士たちがシャドウウルフを片付けながら向かっているとはいえ、数匹を取り逃がしたり、別ルートで攻めてきたりしているからだ。
「キリが、ない」
アイリスが魔法でシャドウウルフを泥濘に嵌らせ、他の者がそれを仕留める。
魔法を連発していれば、ポーションがあるとはいえ、いつまで続くとも知れぬ持久戦では自滅するのは目に見えている。
戌の刻は二時間ある。最低でもそれを乗り切るためには、魔力を温存しながら戦うしかない。
一匹、また一匹と足を泥濘にとられ、いくつもの矢に体を射抜かれて倒れて行く。
しかし、それも増えれば死体を足場にして更に向かってくるのだ。
それをフランが火球の爆発を使ってまとめて吹き飛ばす。運が悪ければ坂道を外れ、崖と言っても過言ではない急勾配に、体を打ち付けながらを滑り落ちていくことだろう。
魔物と言えど二十メートル以上の高さから落ちればただでは済まない。
城攻めと言うのは守りやすいように道幅を狭くしたり、曲がりくねらせたりと工夫がなされている。伯爵の砦もまた同様で、城門に至るまでの道は広くなく。道を外れればほぼ崖だ。当然、攻める側は大量に兵を送れず、また進軍も遅くなる。
魔物も同じく、動ける範囲が限られているため、ほとんど的のようなものだ。
「回復した分、頑張りますよー!」
フランがシャドウウルフの固まっている場所に放ち、さらに何匹かを崖下へと突き落としていく。
それでも後から続々とシャドウウルフが坂道を登ってくるのだから、たまったものではない。幸いなことに、シャドウウルフには今のところ門を破る術はなく。遠距離攻撃をすることもできないことだろう。
城壁の騎士からすれば、いい実践訓練で済んでいる。
「はっ、これじゃギルドのおっさんが破産する方が早いかもしれないな」
シャドウウルフの大盤振る舞いだ。当初のダンジョンの氾濫に比べると想定以上の量が討伐されているだろう。巨大なシャドウウルフを除けば、徒党を組んでいる冒険者たちの敵ではない。
マリーはギルドマスターの懐を心配するが、内心は余裕がなかった。
「(あのデカいのが来たら、ここの門も飛び越えてくる可能性がある。結界があるとは言っても、気を抜けないぜ)」
曲がり角の先、そこから巨体が出てこないことを祈って、マリーは魔法を放つ。
「マリー。あんたの魔力、どれくらい残ってる?」
「七割。姉さんは?」
「こっちは弓を使いながら温存してるから八割ってところ。二時間は守り通さなきゃいけない以上、ポーションは早めにね!」
クレアが矢を放つとシャドウウルフの脳天に突き刺さる。
「ユーキさんとフェイさんが起点をすべて破壊できれば、この無限召喚も止まるはず。それまで持ちこたえればいい。いいはずなんだけど――――!」
頭ではわかっていても、体力と精神、魔力が削られていくと不安になってくる。
まだか、まだなのか、とどんどん焦燥感が募ってくるのだ。
「次、また来る」
アイリスの声で騎士たちが弓を引き絞る。
曲がり角を五匹のシャドウウルフが駆けてきた。どれも一般的なサイズで、脅威にはならない。
そう思ってギリギリまで引き付けようと待っていると、その魔物の口の端から炎が漏れる。
「――――!? 危ないっ!」
いち早く気付いたクレアが矢を放つと同時に杖を抜いて、無詠唱で火球を生み出す。
遅れて、シャドウウルフと思われた魔物の口から火球がいくつも放たれた。クレアの放つ火球とぶつかると空中で誘爆し、爆風が広がる。
顔を腕で庇いながらも、マリーたちは詠唱を続けた。風がやむのと同時に火球が魔物たちを返り討ちにする。
「今のは……!?」
「ダンジョンの中でもちょっと深くに入らないと出てこないブレイズウルフっぽいね。学園のダンジョンだと十五階くらいにいた気がするよ」
クレアの顎を汗が伝い落ちる。それは戦闘の激しさ故か、それとも冷や汗か。知るのは本人ばかりだが、少なくとも、彼女にはそんなことを感じている暇すらない。
「何でそんなのが急に……!」
「街のダンジョン化が進んでいる、とは思いたくないですね」
フランは自分の予想を呟く。ダンジョンの勢力が強まれば、その分強力な魔物が生まれやすくなるのも当然だ。ましてや、ここは地脈の直上。おまけに結界を維持するために常に吸い上げる術式が発動している。
「ユーキさん。どうか間に合って……!」
サクラの呟きは篝火が蠢く夜の闇に消えて行った。
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