掃討作戦Ⅱ
それは唐突に起きた。
大地を揺らす衝撃音、建物が崩れる破砕音。そして、現れる巨大な影。その体高は優に四メートルを超え、体長も八メートルに届かんとしていた。
最初にそれを目撃したのは冒険者たちだった。城壁から残党狩りをしていたところ、背後を振り返った一人が悲鳴を上げたのだ。
「ば、ばけものめ……!!」
即座に魔法や弓が襲い掛かるが、その体にはダメージを与えることなく弾かれていく。
攻撃の第一波が無駄に終わったことを悟ると冒険者たちは三々五々に逃げ出した。もはやシャドウウルフと呼ぶことすら烏滸がましい何かが遠吠えを上げ、城壁へと走り出す。
ただ、冒険者たちの攻撃は無駄ではなかった。その攻撃を目撃した伯爵邸の騎士が即座に動き出したからである。
「最低でも四メートル以上!? どんだけデカいんだ。我々でも流石に耐えきれないぞ」
騎士の一人が耳にした情報を疑うが、それは紛れもない事実だった。
むしろ、この夜の中でその正確な大きさに気付いた見張りの騎士は勲章ものだ。気付かずに放置していたら、更に酷い状況になっていたに違いない。
「聞いたな?」
「はい。しかし、何故ここになって急に現れたんでしょうか?」
伯爵の言葉にフェイが疑問を口にした。
起点はほとんど潰し、残すところあと少しというところまで来ていた。起点を破壊したからといって、流入する力が増えないことはユーキが確認していたにも拘わらず、さらに強大な個体が誕生している。
「まだ、虎の部隊と騎馬隊は危険な配置には着いていないんですよね?」
「その通りだ。どんなに早く動いても、深夜零時まではかかるはずだ」
「そうなると時間経過による要因があったりするのかも……」
ユーキはサクラの言っていたことを思い出す。
三合火局は干支を利用した魔法の可能性が高い。そして、それはこの街を中心とした方角を利用している一種の魔法陣のようなもの。
だが干支と言う存在はむしろユーキにとって、今でこそ使われていない物の、もう一つ身近な使い方があった。
ユーキは左手首に視線を落とし、数を数え始める。その視線がある場所で止まった。
「やられた……」
「え? ユーキさん。何かわかったの?」
「あぁ、ずっと方角ばかりに気を取られていて、肝心なことを忘れていた。サクラ、今の時刻はわかるか?」
そう言われて、サクラは首を捻った。
「日の入りしてから一時間ちょっと経ってるから七時過ぎくらいかな?」
「それ、俺たちの国だと違う言い方するよね」
「――――戌の刻!?」
ユーキの時計は八時前を示していた。戌の刻は午後七時から午後九時まで。
つまりこの時間こそ、シャドウウルフの出現をもっとも警戒しなければいけない時なのだ。
「ご、ごめんなさい。私がもっと早く気付いていれば」
「サクラがいなかったら、昼間のシャドウウルフですら対応できてたか怪しいんだぜ? 感謝こそすれ、怒る奴なんていないから安心しろって、なあ、父さん」
「うむ、その通りだ。むしろ、この瞬間によく思い出してくれた」
伯爵は急ぎ編成を始めた騎士を尻目に、サクラへと笑いかけた。
「因みにだが、寅と午にも同じような時間がある、と考えてもいいのか?」
「は、はい。寅の刻は午前三時から五時。午の刻は午前十一時から午後一時です」
「なるほど、そうなると相手の作戦が読めてくる。寅の刻に夜襲をかけ、本体が朝駆けか正午まで待って出てくるってところだな。ちっ、本当に面倒な戦い方をしやがる」
伯爵があからさまに気に入らない、といった顔をした。そのまま、視線をフェイに動かすと静かに命令を下す。
「フェイ、時間との勝負だ。全力でユーキを運べ!」
「了解しました」
「ユーキ。この街の存亡は君にかかっているといっていい。流石の俺とビクトリアでも、街に被害を出さずにこれを回避することは不可能だ。何としてでも、相手の作戦を防いでほしい」
「わかりました。全力を尽くします」
伯爵は満足げに頷くと騎士たちの方へと目を向けた。
「俺も少しばかり街に出る。恐らく、あのクラスのシャドウウルフがまだ何匹か出現する。そんな気がするからな」
本来ならば伯爵は貴重な戦力だ。騎馬隊の時に無駄足をしてしまったが故に、体力を温存しておきたいところだが、本人はむしろウォーミングアップくらいのノリなところが恐ろしい。
騎士たちの準備が整うと、伯爵の抜剣と共に街へと進軍が始まった。
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