三合火局の陣Ⅵ
シャドウウルフの威嚇の声が一瞬だけ低くなった。
「(――――来るっ!?)」
そうユーキが思った時には、既にその巨体は空中にいた。
魔眼にすら映らないほどの早さで躍り出た体は、そのまま強靭な前足でユーキを押し倒そうと迫る。ガンドを放つ腕が上がりきる前に、地面へと倒れ伏すのが先だろう。
思わず眼を瞑るユーキの耳に叫び声が飛び込んで来る。
『――――悪いですけれど、こちらの方が一枚上手ですよ!』
その言葉と同時に水の音が全てをかき消した。
ユーキが恐る恐る眼を開くと、そこには全身を水の球へと包み込まれたシャドウウルフが浮いている。
「前見たときより、大きい」
同じ水を操る技を使えるアイリスも感嘆の声を漏らす。
『バジリスクの時は巨大すぎるせいで捕まえられませんでしたからね。でも、これくらいなら余裕でできます』
ウンディーネは自慢気に言い放つ。
対して、シャドウウルフは口から泡を吐き出しながら足で藻掻き、体を捻って逃れようとする。
それでも、十数秒もたずに動きが止まった。
『あの時みたいに失敗するのが嫌だから、ちょっとばかり練習していたのですが……』
そう自嘲気味に笑いながらウンディーネは水球を保持する。一拍置いて、彼女は表情を引き締めると、ユーキへ呼びかけた。
『さぁ、早く起点の破壊を! 時間は待ってはくれません!』
「悪い! 助かった!」
すぐにユーキは宝箱へと向けてガンドを放つ。
即座に宝箱は砕け散り、地脈から供給される魔力が糸のようにプツリと途切れる。
「よし、後はこれで――――」
「ユーキ! 避けろっ!」
騎士団の中からフェイの声が響く。
ユーキが気付いた時には、その体が宙を舞っていた。
濡れた地面に叩きつけられた痛みが走り、初めて何かに吹き飛ばされたことを自覚する。
「そ、そんな!?」
どこからか現れたのか、巨大なシャドウウルフがもう一体。屋根の上から飛び降りてきて、ユーキを頭突きで吹き飛ばしたのだ。
脇腹に直撃したせいか、呼吸が乱れ息を吸うことができない。
「くっ、面倒なっ!」
アンディが吹き飛んできたユーキを守るように前へ立つ。
「全員! カウンターディフェンス用意!」
即座に他の騎士たちがその前へと回り込みシャドウウルフに対して盾を構える。
一列目が盾を構え、二列目がその頭部を守るように槍を突き出し、三列目はさらに上部へと構えて上からの侵入を拒もうとする。
「クレア様! マリー様! 早く後ろへ!」
騎士たちが呼びかけると、我に返ったクレアたちが走り出す。
その背に飛び掛かろうとするシャドウウルフだったが、その鼻っ面に強烈な衝撃が走った。
アンディに首根っこを捕まえられて引きずられながらも、ユーキがガンドを放ったのだ。
「ぃっ! 無理をしてはいけません!」
体内の痛みが引かないまま無理にガンドを使ったせいか、威力はシャドウウルフを仰け反らせる程度にしか出なかった。それでも周りの仲間が逃げる時間を稼ぐには十分だった。
「このまま前からくれば槍の餌食。槍を避けて飛び越えてきたら魔法で狙い撃つ。さぁ、どっちだ!」
即興の騎士団との連携に戸惑うことなく、マリーとクレアは杖を構える。
マリーの言葉でサクラも遅れて杖を構えて詠唱を始めた。
「槍は毛皮に弾かれた。マリー、真正面からは破られる」
アイリスは杖を構えながらも警告する。
「安心しろアイリス。うちの騎士団は、結構強いってことを見せてやるよ!」
「あんたのじゃなくて、父さんの騎士団だけどね」
クレアが訂正しながらもにやっと笑った。
「……ウンディーネ。あの水の球、もう一つ、作れない?」
『無理ですね。あの中のシャドウウルフ。死んでるふりしてますから閉じ込められてますけど、暴れたらすぐに出てくるほどの力があります。強度と水のコントロールを維持するためには、これが限界です』
悔しそうにウンディーネが言うと、アイリスも杖を構えた。
「それじゃ、私でも、無理。他の魔法で迎え撃たないと……」
鈍く光る鎧と槍の向こう側でシャドウウルフの雄たけびが響く。
その姿は見えないが、騎士たちの壁を突き破って来るか、飛び越えて来るかの二択。いつ来るかわからないという緊張で、全員の表情が強張っていた。
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