シャドウウルフ防衛戦線Ⅳ
伯爵の執務室に入ったユーキたちの目に飛び込んできたのは、頭を抱える伯爵とビクトリアだった。
クレアもマリーも伯爵だけでなく、ビクトリアまで酷く悩んでいる珍しい光景に何度も目を擦る。
「おい、父さん。そんなに戦況はヤバいのか?」
「いや、戦況がどうとかではなく、お前の心配をしているんだぞ。マリー」
「はぁ……?」
帰ってきた言葉に首を傾げていると、ビクトリアが目頭を押さえながら呟いた。
「私も大分やんちゃしたことがあるけど、流石にドラゴンと交友を結んだことはないわね。一体、いつの間に知り合ったのかしら」
「……あ゛」
マリーの顔が青ざめる。そもそも、ドラゴンと出会ったのはユーキたちの中の秘密だ。一緒に王都にいたときに伯爵にすら話していない。
つまり、ビクトリアの魔法で逐一様子を見られていたのだろう。見ているばかりではなく、聞いてもいるはずだ。
「まぁ、とりあえず、竜種と全面戦争になることは避けられたわけだ。流石に竜種とタイマンをするには、俺でも準備要るからなぁ」
「「「「「(あ、ドラゴンって、やっぱりヤバいんだ)」」」」」
伯爵の独り言に、ドラゴンに実際に会ったことのある五人は身震いした。
伯爵はそんな五人の心中を知ってか知らずか、咳払いをすると街の現状を説明し始めた。
「現在、北西にあるダンジョンから千匹を超えるシャドウウルフが街の城壁周辺に集結している。こちらは冒険者ギルド経由で集まった者に対処してもらっている。幸いにも城壁には傷一つ付けられない魔物だ。安心していいだろう」
机に広げた地図を指し示しながら、そのまま街を横切って反対側へと向かう。
「蓮華帝国は前衛部隊の一部を前進。一番最初の川に橋を架け渡していて、軍の越境行為を確認した。現在、王都経由で蓮華帝国に抗議文を送っているようだが、未だに返事はない」
「このままだと早ければ、明日には軍が目の前に現れることになるかしらね」
伯爵がビクトリアの言葉を受けて、いくつかの川を越えて街の外の東側へと指を進めた。
「まだ他に奥の手を隠していそうだな」
「君もそう思うかい?」
部屋の奥で資料を整理していたアンディが、いくつかの紙切れを持ってきながら微笑んだ。
伯爵の指差す地図の横に、その資料を広げる。
「何ですか? それ」
「過去にあった戦争の陣形だとか作戦とかを図にまとめたり、地図に書き込んだものだよ。百年以上前のことだけれど、蓮華帝国とファンメル王国は、小規模な小競り合いをよく起こしていたんだ」
その地図を見ると当時、どの場所にどれくらいの規模の部隊が配置されていたかがわかる。中には、まだここに街がない頃のものまであった。
「えっと、この線は何ですか?」
「良いところに目を付けたわね。それは当時の宮廷魔術師が計測したとされる地脈の領域。この街を作る時に参考にしたらしいけど、その前はそこを起点に大規模な魔法を使うことで敵を倒そうとしていたみたいね」
黄ばんだ地図に何かの塗料が薄く塗られ、赤黒く染まっていた。
ちょうど、北の山から流れてきた川に沿うように今いる街の下を通り過ぎている形になる。この地脈の魔力がこの街を守る結界の元となっているのだ。
「この地脈を動かされたら、結界が消えることになりますが、その点はどうなんでしょうか?」
「そうね。大規模な地形破壊か、あるいは呪物による操作。いずれにせよ、数日でどうにかなる話ではないわね。あぁ、私みたいな魔法使いがいたら話は別よ」
胸を張るビクトリアだったが、ユーキはどこか引っ掛かりを覚えた。初めて見たはずなのに、間違っていると感じてしまう。
「それで、ダンジョンの方はどうなってるの?」
「本来なら調査隊を派遣することになるんだが、その余裕がない。幸いにも氾濫はモンスターを一定数吐き出せば、一年は落ち着く。溢れ出たシャドウウルフを殲滅して、軍を追い返してからでも遅くはないだろう」
そう言って地図を一度片付ける。
「シャドウウルフが片付かないことには西門は開けられん。恐らく倒しきるには一日では無理だろうからな。お前たちを王都に戻すのも延期というわけだ。もし、可能なら西門の討伐を手伝ってやってくれ」
「まぁ、城壁からなら襲われることもないし大丈夫だよな」
マリーがユーキたちに振り返って、どうするか表情で問いかける。
「わ、私は、魔法を使い過ぎたので今日はもう無理です」
「少し休んでからなら大丈夫かな」
「私、も」
それぞれの意見を聞き、フランは伯爵邸で休憩。フェイは騎士団と合流し、城門などの点検、遠距離武器の整備などへ。それ以外の者は数時間後にシャドウウルフの討伐に向かうことになった。
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