シャドウウルフ防衛戦線Ⅲ
閉まった扉に閂が掛けられ、更に木材や石で補強されていく。
肩で息をしながらも何とか助かったことに安堵しながら、その光景を見つめていると左手にまだ温かい感触が残っていることに気が付いた。
「……あ」
その原因を目で追うと顔を真っ赤にしているサクラが目に入った。
お互いに目が合うと逸らすこともできずに見つめ合う形になる。心臓の鼓動が耳朶に響き、視野が狭くなっていくが、ユーキの背後からマリーが声をかけた。
「いやー。良かった良かった。何とか帰って来れたな」
「……びっくりするなぁ。急に大きな声を出すなって」
想定以上にユーキとサクラが肩を跳ねさせたので、マリーは不思議そうな顔をする。
そんなマリーの頭を軽くはたいて、クレアが仁王立ちする。
「はいはい、二人の邪魔はしない。ただ、ここに座ったままでいると邪魔になるから、二人とも立って移動だよ。急いだ急いだ!」
「せっかく助かった命だっていうのに、噛み締める時間もないのか」
サクラと共に立ち上がったユーキは、先に中に入っていたB級冒険者パーティへと通りすがりに声をかけた。
「ありがとうございました。みなさんのおかげで無事に帰って来れました」
「何言ってやがる。そっちの嬢ちゃんの凄い魔法が無かったら、俺たちみんなまとめてワイバーンの腹の中よ。おかげで生きて帰って来れたし、冒険者は続けられるし、感謝するのはこっちのセリフだぜ」
「そういうことー。じゃあ、坊やたち、運が良かったらどこかでまた会いましょ」
男女の冒険者が笑って言うと、気絶したままのリーダーを両脇に抱えて引きずりながら街へと向かう。
残ったほかのメンバーも腕を軽く上げて、その後を追っていった。
「あの人たちも巻き込まれて大変そうだよな……」
「そ、そうだね……」
サクラが何か言いたげにしているが、ユーキは気にせずクレアの言葉に従う。
「とりあえず、伯爵のいる砦――――と言うか屋敷に向かえばいいのか?」
「そういうことだぜ、っと。冒険者ギルドには、あのパーティが報告してくれるから、あたしたちは父さんの所に急ごうか」
未だに這いつくばったままのフランを豪快に担ぎ上げると、クレアは顎で高台に聳える砦を示した。
慌ててユーキは、その背中を追う。息を整えながら進んで行くと、街の中は出発する前以上に喧騒に包まれていることが分かった。
あちらこちらで木の加工が始まり、城壁が壊れたときの為の資材の用意や、建築物の補強が行われている。樽に水を貯めて、路上の彼方此方に桶と一緒に置かれているが、もしかするとワイバーンの火球対策として用意していたのかもしれない。
街の様変わりを見ながら伯爵邸へと向かうと、入口でそわそわしているオースティンが目に入った。オースティンはクレアとマリーの姿を見つけると駆け足で近づいてくる。
街中で担がれていたフランを降ろして立たせ、クレアはオースティンを笑顔で迎えた。
「お嬢様たち、ご無事でしたか」
「いやー、怪我らしい怪我をしなかったけど、大丈夫だったぜ。な、姉さん」
「いやいや、結構、危なかったから。怪我なんて中途半端なもんじゃなくて、生きるか死ぬかの瀬戸際を二連続で味わったってーのに、呑気なものね、我が妹はっ!」
クレアはマリーの首根っこを押さえると拳骨を押し当てる。悲鳴を上げるマリーであったが、オースティンは涙を拭くような仕草をしながらも止める気配が一切ない。
ユーキの中で、オースティンも伯爵タイプの人か、という想いが生まれたとか生まれなかったとか。
「伯爵は執務室でビクトリア様とお話し中です。会いに行かれるのであればちょうどいいかと」
「そうだね。じゃあ、マリー。さっさと行くよ」
居ても立っても居られないと言った様子で歩き出すクレアだが、その背後から悲鳴が上がる。
「いだだだっ!? 歩くのか、拳骨押し付けるかどっちかにしてくれ!」
「じゃあ、拳骨で」
「ひいいいっ!?」
悲鳴を再び上げるマリーを見て、アイリスが呟く。
「二人とも、楽しそう」
「え、どこが楽しそうなんですか!?」
フランは驚いてアイリスを見るが、その目は本気のようだ。
唖然としたフランを置き去りにして、アイリスはその二人へと駆けて行った。
「まぁ、アイリスは悪戯っ子だからな。アレくらいはじゃれている内に入るんだろう。アイツらの悪戯、本当に質が悪いからな……」
かつてのアイリスをマリーがぶん投げてきた記憶を思い出しながら、ユーキはフランへと説明する。
だが、フランはそんな説明をお構いなしにユーキの顔よりも大分下、具体的に言うと左手辺りを見続けていた。
「どうしたんだ? フラン」
「いえ、ここに来るまで、ずっとそれだったのかと思いまして」
フランの視線の先を追うと、ユーキの左手にサクラの右手が握られていた。
恐る恐る視線を上げて行くと、そこには顔を真っ赤にしたサクラが無言で目を逸らしていた。
「ユーキさんって、意外と大胆だったんですね」
「こ、これはサクラを助けようとしてというか、助けられたというか……!」
慌てて手を放してフランへと誤解を解こうと焦るユーキ。
そんな背中にサクラは、もう一度複雑そうな顔をして一言呟いた。
「……ユーキさんのばかっ」
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