シャドウウルフ防衛戦線Ⅱ
体を捻り、受け身を取りながら地面を滑っていくと、石が腕や足に食い込む感触があった。
だが、それよりも命の危機を感じて放出されたアドレナリンの方が勝っていたのか、痛みはほとんど感じない。素早く起き上がると、ユーキは周りの仲間の様子を確認する。
状況を把握する前に、フェイの声が耳に突き刺さった
「ユーキ! サクラを!」
「わかった」
フェイがマリーとアイリスを助け起こしながら、立ち上がる。クレアは言われずともフランに肩を貸しながら走り始めようとしていた。
勇輝は一番近くにいたサクラの腕をとって立ち上がると、後ろから響く馬の断末魔を聞いてしまう。
振り返ると何匹ものシャドウウルフに噛みつかれ、動くこともままならなくなっていた。助けられないことを悔やみながら、ユーキはサクラの手を取り直す。
「走れるか?」
「大丈夫、だと思う。行こう、ユーキさん!」
その言葉を聞いてユーキは地面を蹴り出した。
無意識の内に体中に魔力が行き渡り、身体強化を発動させる。全身に血が滾るような熱さが行き渡るが、一転して氷水に浸かったような感覚に陥る。
「――――っ!?」
ユーキはこの感覚に覚えがあった。
それはつい最近まで体と精神が切り離されていた時間の引き延ばしが起こっている感覚だ。少しずつ、だが確実に、体の感覚が捉えられなくなっていく。
門までの距離は百メートルを切っていた。後少しの所で倒れるわけにはいかない。
ユーキは視界の端に映るシャドウウルフに片っ端からガンドを撃ちこみながら走る。多勢に無勢だが、時間稼ぎにはなっていて、その間にも二十メートルほど前進できた。
「あそこまで頑張ってくれ、俺の体……!」
歯を食いしばりながら何とか一歩を踏み出す。踏み出すごとに耳に届く音が間延びして、理解できない音の洪水へと変わっていく。正面から撃ちだされる魔法や矢がスローモーションで、その形をはっきりと認識できた。
「あと、少し!」
飛び掛かってきた敵を新調した剣で地面へと叩き落す。頭蓋が割れ、痙攣するが、目もくれずにユーキは前を目指して駆ける。
だが、その内、サクラの体が視界の前に出るようになった。感覚が乖離したユーキよりもサクラの身体強化の方が上なのだろう。
サクラが困惑の表情で見つめてくるのが見えた。
「(こうなったら、サクラだけでも――――)」
二人死ぬよりはマシだろうと左手の力を緩めようとする。
しかし、サクラが力強く握って引っ張ってきた。他の音が認識できないにもかかわらず、その時のサクラの声はやけにはっきり聞こえた。
「ダメだよ! 諦めないで一緒に行こうよ!」
その言葉と一緒に左手から少しずつ感覚が戻り始める。
サクラの魔力が少しだけユーキの体へと流れ込んできていた。呆けそうになるユーキだったが、サクラの側面からシャドウウルフの影が飛び込んでくる。
「危ないっ!」
思いきり左手を引いて、右手を突き出す。サクラに噛みつく代わりに、シャドウウルフは喉奥まで剣を咥えこむことになった。
だが、それを気にせず、更に二匹がその屍越しにユーキへと襲い掛かる。
「遅いっ!」
右手で剣を握ったまま、向かってくるシャドウウルフの一方に向けてガンドを放つ。反動で剣に食い込んでいたシャドウウルフが落ちると同時に、右手を薙いで、もう片方の顔面に直撃させた。
顎に当たり、脳震盪でも起こしたのだろう。地面に落ちた後もすぐに追ってくることはない。だが、背後からはユーキたちを襲わんと何十匹ものシャドウウルフが殺到していた。
「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ。すべてを穿つ、巨石の墓標よ』」
その群れをサクラが、岩の槍と言う名の壁を作り出し時間を稼ぐ。
二人とも肩で息をしながら、大きく息を吸って、再び足を門へと向かう。既に門に辿り着いたクレア、マリー、アイリスが援護射撃を始めていた。
フランは流石に魔力を使い過ぎたのか、這ったまま動けずにフェイに背中を擦られている。門はユーキたちを通す最低限度のみ開けられ、守衛も大きな声で叫んで手で招いている。
「振り返るな! 後ろは上の奴に任せて、早く走れー!」
マリーが大きな火球でユーキたちの側面の敵を吹き飛ばすと、思いきり叫んだ。これ以上の攻撃はユーキたちを巻き込むと判断したのだろう。門の中からの攻撃がピタリとやむ。
残り数歩で門の中へ入ることができるというのに、何匹かが逃げる二人の背中へと飛び掛かってきた。牙が届くのが先か、中に入るのが先か。そんなギリギリの中で、上から風切り音が響いた。
門の中へマリーたちに抱き止められる形で飛び込む。門が完全に閉じる間際、振り返って見ると五、六匹のシャドウウルフが矢によってハリネズミにされている光景が目に入った。
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