卵返却作戦Ⅴ
最初、巨大な火球が放たれたのかと誰もが考えた。
だが、それを離れて見ていた者は、その全体像を視認して愕然とする。
「おい、ありゃあまるで……」
「ドラゴンブレス――――!?」
ドラゴンの放つ息吹。それはワイバーンや人間が放つ魔法とは一線を画す。
強力な魔力を含んだドラゴンブレスは、岩をも溶かし尽くす超高温の炎だ。それこそ地の奥深く、強大な熱量の下でマグマが生まれたようにあらゆるものが形を失う。
「何で、こんな魔法が……!?」
同じ詠唱で全く違う現象が起きていることに動揺する一同。特に魔法を知りたいという知識欲だけで、努力して飛び級までしたアイリスにとって、目の前の出来事は無視できないことだった。
アイリスが肌を焦がすような熱波の中で目を見開いて観察していると、紅に輝く光が杖以外にも存在していることに気付いた。
「まさか、あのペンダントが……!?」
強力な火の魔力を宿したペンダント。それが本来あった場所は、王都の山の地下深く。
その由来は古き竜のドラゴンブレスによって形成されたものだ。
そうであるならば、そのルビーを媒介として火の魔法を放てば、ドラゴンブレスが再現されたとしても不思議ではない。
「おい、やめろっ! その魔力使い切っちまったらどうするつもりだ!」
慌ててマリーが止めに入り、杖からの炎の勢いが弱まると同時にワイバーンが黒煙を纏いながら現れる。その姿は飛行しているというよりも、辛うじて墜落を免れているといった様子だ。
翼が動いているのを見るに死んではいないが、このまま地面に叩きつけられれば、ただでは済まないだろう。
「ウンディーネ、アイリス。水でクッションを作って受け止められるか? 暴れそうならそのまま凍らせてもいい!」
「森の近くで水を集める分には問題ありません」
「大丈夫、いける」
ユーキが二人に呼びかけると、即答で水の球体を作り出す。ワイバーンの巨体全てを包む必要はない。最悪、頭や背骨、卵が無事であるならばどうにでもなる。
卵を奪った相手ではないのに襲われていることには、文句の一つも言ってやりたいところだが、ユーキたちにはワイバーンを殺す理由がない。生活圏が交わるところも存在するが、そもそもワイバーンは街まで寄り付かないし、よほどのことがない限り竜種に人間がちょっかいを出すこともない。
この作戦で出発する前にビクトリアが地理的な情報に疎いユーキへ教えてくれた情報だ。それに付け加えて、挑発的にユーキへと彼女は笑って言っていた。
――――殺しても、殺さなくてもどちらでもいいけれど、あなたはどうしたいのかしら、と。
「(何か罠があるんじゃないかって思ったけど、とりあえず殺すのは最後の手段だ。ここでワイバーンを殺して、万が一、ワイバーンの大群が来たら、もっと面倒になる!)」
心のどこかで最悪な状況を想定してしまう癖が出てしまう。
それでもユーキは、ワイバーンが大きな球となった水に突っ込んで、ゆっくりと地面に下ろされていくのを見て、どこかほっとしてしまう自分がいることに気付く。
「どうする? このまま撤退するかい? それとも止まった方がいいかい?」
「放っておいてもいいですけど、万が一シャドウウルフがここまで来たら、ワイバーンでも少し危ないかもしれませんね。少し時間があれば治癒魔法をかけることは可能ですよ?」
「ユーキ、あたしはさっさと戻ることをお勧めするけど、どう思う?」
フェイとクレアがワイバーンの救出を指示したユーキへ目を向ける。
「ウンディーネ。治癒にはどれくらいかかる?」
「飛ぶくらいなら一、二分もあればいけます」
「それじゃあ頼む」
フェイが馬車の速度を緩め始めると同時に、ワイバーンの体を青白い光が覆っていく。
ユーキたちの馬車が止まったことで、前方を走っていた冒険者パーティも已む無く停止する。どうやら、様子を窺っているだけで、彼らは攻撃に出る気はないようだった。
「竜種の鱗は火だけでなく、魔法自体への抵抗も強いからね。派手ではあったけど、すぐに目を覚ましそうだ」
そう言っている内にワイバーンが翼を動かしながら、上半身を起こし始めた。よろめいてはいるものの、骨折などの重傷は見られない。ワイバーンの次の行動に注意するため、固唾を飲んでユーキたちは様子を見守った。
首を何度か左右に振って、卵の無事を確かめる。その後、ゆっくりとその顔はユーキたちの方へと顔を向けられた。思わず身が強張る。
万が一、火球が吐かれた時の為に、詠唱の要らないユーキが前に出て指を向ける。
すると急にワイバーンの威圧感のあった赤い光が収まり始めた。
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