卵返却作戦Ⅲ
何とかして荷台へと戻ろうとするが、体の支えになる場所がなく、思うように体が動かない。
そうこうしている内に、クレアが剣の鞘だけをユーキへと差し出す。
「これを掴め!」
「――――ッ!?」
右手を振り回すようにして掴むと、しっかり握り込んだことを確認してクレアとマリーがユーキを引っ張り上げた。ほっとしたのも束の間、ユーキの顔面は勢い余って荷台の床へと飛び込んでいく。
「よかった。後はワイバーンの卵だけ!」
サクラが顔を上げると、岩の槍の上にある卵をワイバーンが片足で持ち上げるのが見えた。どうかそのまま、飛び去ってくれという願いを全員が抱く。
「あ、こっちを見てます!」
フランが叫ぶと同時にワイバーンの口元が歪んだ。口の端からわずかに火の粉が舞う。
「『集いて、薙ぎ払え。汝等、何者も寄せ付けぬ四条の奔流なり!』」
アイリスが咄嗟に杖を出して詠唱を完成させる。僅かに早く空中を四本の水の束が駆け抜けた。
彼我の距離の三分の一ほどを水流が通過した時点でワイバーンの口から火球が放たれる。
「くっ!?」
火球が水流とぶつかりスピードを落とすかに思われたが、蒸気を纏いながらも突っ込んでくる。
『ここは私が!』
ウンディーネが現れると馬車の後方を包むようにラウンドシールド状の水の壁が出現した。
数秒後、火球が触れた瞬間、水蒸気が白煙となって舞い上がる。馬車が走っているとはいえ、数メートル手前まで火球が迫っていただけあって、全員顔が引きつっていた。
「あっぶなっ!? つか、顔熱っ!?」
マリーが慌てて顔を仰ぐ。
アイリスとウンディーネの判断が遅れていたら、熱いなんてレベルでは済まなかっただろう。
呆然とそんな考えをユーキが抱いていると、不意に馬車の通った道が白煙を上げ始めていた。
「何だ……!?」
「煙玉だ! 前を走る冒険者たちがやってくれている!」
フェイの言葉が御者台から響く。
「えーい、投げろ投げろ! 見失うならそれでオーケー! 突っ込んでくるなら臭い玉を鼻の穴目掛けて投げ込んでやれ!」
「風の魔法で上に巻き上げるよー! 煙がなくなる前にどんどん投げてー!」
御者台にリーダー。一人が煙玉を渡す補助、二人が煙玉を投げ、最後に魔法使いが風で巻きあげて即席の煙の柱を作り上げる。
投げる場所を間違えば、ユーキたちが煙に巻き込まれるというのに、絶妙な位置に投げてワイバーンとの間に次々と煙の柱が立ち上っていく。出すことを惜しまず大量に使った結果、既に柱と言うよりは壁になり始めていた。
それはワイバーンを混乱させ、攻撃に移ることを躊躇させるには十分だった。
時折、火球が飛んでくるが標的が見えない以上、地面を抉り、火柱を軽く上げる程度で馬車には影響がまったくない。
「へー、あの人たちもやるじゃん。B級冒険者は伊達じゃないってか」
「そりゃそうよ。B級冒険者からは大型の魔物も相手にするから、倒せるかどうかよりも生きて帰ることの方が大切だからね。マリー、サクラ、フラン、ワイバーンが回り込んでくるから応戦するよ。ユーキは隙を見つけたら思いっきり、ガンドを叩き込んで! あの速度じゃ凍らせたりは難しいから、アイリスは精霊さんと一緒に防御を頼むよ!」
「「「「「了解!」」」」」
クレアは叫びながら荷台の幌を風の魔法で吹き飛ばす。青い空と灰色の煙が頭上に広がったかと思うと、クレアの言った通り、煙の壁を迂回してワイバーンが左手から現れる。
かなり怒り狂っているためか、涎をまき散らしながら咆哮を上げて突進して来た。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ十六条の閃光なり!』」
数撃ちゃ当たると言わんばかりの火の魔法が、お返しとばかりにワイバーンに向けて放たれる。流石に威力は低いが、顔面に当たるのはワイバーンも嫌なのか、一度方向を転換し攻撃から逃れる。
「次! 急ぐ!」
魔法を普段は使わないことを信条としているクレアも、相手が相手なので杖を振って火球を放ち続ける。
その間にユーキはガンドの装填を行い、魔眼でワイバーンを観察していた。
「(仮に外したとすると、次弾を装填して放つまでに奴はここまで到達する。確実に当てられる機会を待たないと……!)」
ユーキの左手が額の冷や汗を拭う。
魔眼に映る姿は、ワイバーンの動きのほんの少し先を残像のように映し出す。それに集中したいのだが、ワイバーンの体を包む強烈な赤い光がそれを邪魔する。
怒りが具現化したような赤い閃光は弱まることなく、避けながらも徐々に距離が縮まり始めていた。
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