脅威拡大Ⅴ
伯爵邸と言う名の砦に着くと、ユーキはクレアとマリーを二人の後に続いて、伯爵のいる部屋に入った。
「食料は何とかなったな。武器はとりあえずある物を揃えておけ、特に矢の補充は最優先だ。幾らでも急造できるが、しっかり作ったものに越したことはない。ポーション類はこれからでも十分製造できる。後回しで構わん。その代わり錬金術師を抱え込んで作らせろ。市民に避難の準備を呼びかけておけ、必要な物は食べ物と衣服。可能なら武器・防具類、それと一人につき三つまで自由に持ち込みを許可する。その代わり検閲は絶対だ。今の内に部隊を分けておけ」
伯爵の声に数人の部下が急いでメモを取り、部屋の外へと駆けて行く。
「何だ、マリーたちか。悪い、今ちょっと忙しいんだ」
「父さん、それどころじゃないんだ」
マリーが大声を出すと、動かしていた羽ペンが止まり、羊皮紙に染みを作る。
顔を上げた伯爵は横に控えていたアンディに目を配ると、すぐに席を変わった。
「お前がそこまで言うってことは、相当な事態なんだな。いいぞ、手短に話してくれ」
ギルドマスターから得た二つの情報。ワイバーンの襲来とダンジョンの氾濫について簡単に告げると伯爵は絶句して、ソファへと座り込んだ。
「父さん。何かあたしたちにできることは――――」
「マリー、ちょっと黙って。父さんの考え事を遮らない方がいい」
伯爵はそのままテーブルに足を投げ出すと、天井を仰いでぶつぶつと呟きだした。
「卵の投棄或いはワイバーンの迎撃。費用対効果、損害の可能性、余剰戦力の分割。氾濫の要因排除、迎撃による解決、迎撃地点の選定、防御陣地の構築、時間と損害、余剰戦力の再分割。蓮華帝国軍の戦力及び進軍速度、越境からの時間――――」
伯爵の口からは単語レベルでしか言葉が出てこない。暫く同じ単語が繰り返されていたが、その内、声が小さくなり、目を閉じた。
「――――ユーキ君」
「はい。何でしょうか?」
「君は確か、ガンドでミスリルの城壁を破壊したことがあったな?」
初めて本気でガンドを撃った時、ユーキは魔法学園の城壁を罅割れさせ、陥没させる威力だった。当然、その時はサクラを守ることで頭がいっぱいだったが、その場にはマリーとアイリスもいた。国王から伯爵へとその内容も伝わっている。
「今の状態で、どこまで撃てる?」
「父さん、それは――――!?」
「マリー、済まないが黙っていてくれ」
伯爵は足を元に戻して、座り直すと真剣な眼でユーキを見据えた。ユーキもまた伯爵を見返す。瞳の奥にユーキの姿が映っているのがわかるくらいにだ。
「少し、失礼してもいいですか?」
「あぁ、構わん」
ユーキは伯爵から数歩離れると指をガンドの形にする。
「(今の俺に収束できる魔力の量は……)」
目を瞑って、指先に魔力を集中する。
体を刺すような痛みもなければ、燃えるような暑さも感じない。温泉のお湯が皮膚の表面を流れるように、じんわりと心地の良い温かさが広がっていく。
「これ、は……」
ユーキの魔眼を通してみると、ガンドは青紫色の球体を形成する。
しかし、一般的に人の魔力と言うのは無色で見えず、属性のある魔法の時には色が見えると言われていた。
それなのにも拘わらず、伯爵たちの眼には青紫色の球体が見えていたのだ。
「すごい、これだけの魔力、普通は扱うなんてできない」
「アイリスさん。危ないかもしれないから、近づかないでください」
アイリスも目を丸くしてユーキの指先を見つめる。あまりにも集中しすぎて前のめりになるのをフランが後ろから両腕を抱えるほどだ。
「おい、ユーキ。間違っても、それ、ここでぶっ放すなよ!?」
「それよりもユーキさん。無理しないで!」
マリーとサクラが声をかけるとユーキの指先に集まっていた魔力が徐々に霧散していく。十秒ほどをかけて、ユーキの指先から魔力が完全に無くなった。
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