脅威拡大Ⅲ
ギルドマスターの言葉に若干の殺気が含まれていて、ユーキも思わず一歩下がった。伯爵ほどではないが、その圧はかなりのものだった。
「それで……その卵はどうするんですか?」
「とりあえず、ワイバーンの住んでいる山の方へ返しに行くしかないだろうな。冒険者に依頼して、卵を運び、ワイバーンが来たら撤退。そうすればワイバーンは卵を持って帰っていくだろうよ」
「街まで来て暴れるということは?」
「臭いを辿ってくる可能性もないわけではないが、そこは臭い玉の出番よ。ついでに人の臭いも消す薬草を体に塗ってから行かせるさ」
それでも、貴重な冒険者と言う戦力が減るのは事実だ。戦闘が強いにしろ、足が速いにしろ、一人でも見方がいれば生き残れる可能性はかなり多くなる。
「冒険者の人たちは一緒に戦ってくれるのでしょうか?」
「あたりめえよ。他の土地から来た奴らはともかく、ここで生まれて育った奴らは伯爵に助けてもらった恩があるからな。一度死んだ命、ここまで永らえさせてもらったんだ。いくらでも使ってやらぁ」
二の腕の筋肉を叩いて、ギルドマスター自身も戦いに身を投ずることを宣言する。その表情から察するに、嘘偽りなく、本当に命を懸けるつもりであることが伺えた。
「昔から気になってたけど、父さんは一体何をやらかしたんだ?」
「嬢ちゃんの父さんはな。ここにいた奴隷が反乱を起こした時に誰一人殺さずに鎮圧した挙句、そのまま、国相手と一戦交えたのよ」
「無茶苦茶だな……」
さらっと明かされた父親のエピソードにクレアですら頭を抱える。
「まぁ、その時に戦ったのが嬢ちゃんの母さんだ」
「――――よし、あたしは何も聞かなかった。これ以上突っ込んだ話を聞いたら、頭の中が沸騰しちまう」
まさか、自分の両親が若い頃に、この土地で戦っていたとは思わなかったのだろう。しかも、ギルドマスターの口ぶりからするに、ガチの殺し合いっぽい雰囲気が感じられた。
「そうだね。その話は、またいつか落ち着いた時に聞こう。娘のあたしたちですらついて行けないんだ。後ろの子たちはもっと無理だろうね」
クレアが振り返ると全員が口を開けて、目が点になっていた。
「よく殺し合った人と結婚できるなぁ……」
「まぁ、あの人は歩くトラブルメーカーだからね。驚いたら負けだよ」
「敵同士から始まる禁断の恋ですか!?」
「マリーが普通に見えてきた……」
「いずれマリーも、なる」
一人だけ妄想になっているのは気のせいだろうが、ほぼ全員が伯爵に呆れているのは間違いない。
伯爵ならば何があっても、というのは、伯爵になる前からも健在だったようだ。
「そんなわけで、こっちはこっちで何とかする。子供らは家に帰って――――」
「――――失礼しますっ! 緊急事態です!!」
「どうした? 東に動きでもあったか?」
慌てて飛び込んできた職員にギルドマスターは渋い顔で問う。
「違います。北西にて飛行するワイバーンを発見しました。先程の案件かと!?」
「馬鹿な。もう場所がバレたのか!?」
いくらワイバーンと言えども臭いだけで追跡するには限度がある。ギルドマスターが驚愕して、机に拳を叩きつけた。
「回収した卵をすぐさま領外へ――――は無理だな。せめて街から遠く離れた場所へ移動させるんだ! 冒険者に緊急依頼を出せっ! 金額を通常の十倍に設定しろ。金なら俺が出す!」
「りょ、了解しました」
すぐに部屋の外へと出て行くが、それと入れ替わるように別の職員が飛び込んでくる。
「ぎ、ギルドマスター、大変です!」
「何だ。ワイバーンの件なら今来た奴に聞いたぞ!?」
「違います! 北西のダンジョンが氾濫しました! 魔物の大群がこちらに向かっています!」
「な、何だと!?」
流石にギルドマスターも余裕がないのか、目を見開いて言葉を失った。
「ダンジョン内にいるはずのスモークラットが見当たらず、ダンジョンから夥しい数のシャドウウルフが出てきている模様です。一直線にこちらに向かっています!」
「やられたっ。これもまさか奴らの仕業か……!?」
ギルドマスターが力尽きたように椅子へと崩れ落ちる。
「……予想到達時間は?」
「このままいくと、最低でも数百頭から千頭。或いはそれ以上が二時間後に街へと辿り着くかと」
「ワイバーンは臭いを探しながら来る。そう考えるとワイバーンは早くて一時間後、か。こりゃ、今日が蓮華帝国の攻め時ってわけだ」
ギルドマスターが肩を落としながらも、緊急依頼を出すように指示を出す。
十頭につき金貨一枚という破格の値段で、冒険者たちに向かってくるシャドウウルフを相手にさせるつもりだ。ギルドにある金庫を片っ端から開けて空にするほどの大盤振る舞いであることは間違いない。
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