前兆Ⅴ
フェイの言葉に衝撃を受けていると、不意に胸元から声が響いた。
『そういう意味でなら、私も彼の意見に賛成です。現状、秘薬でしか治す手段がない以上、やめておいた方がいいと思います』
「別に必ずなるってわけじゃ……」
『私が気付いていないと思いますか。ここに来るまでのあなた、恐慌状態で体の魔力の流れも乱れていたんですよ?』
流石にウンディーネを誤魔化すことはできない。
忘れ去ろうとしていた記憶が蘇りそうになるのを、首を振って振り払う。
「悪いことは言わない。その魔法は君にとっては毒にしかならない。体を鍛えていけばいずれ使えるようになる。それまでは我慢してくれないか?」
フェイは申し訳なさそうにユーキに言う。
どこか歯切れが悪く、まだ何かを言いたそうにしていたが、ユーキは刀を慎重に鞘へと納めると踵を返した。
「わかった。心配してくれてありがとう」
「力になれなくて、すまない」
「大丈夫だ。お前はとりあえず、戦争が起きないかどうかだけ心配してくれ。間違っても戦闘中にくだらないことを考えて、やられるんじゃないぞ」
「君と一緒にするな」
後ろを向いたまま手を振って屋敷へと戻る。朝日が顔を出し始め、廊下にも光が差し込み始めた。
しばらく歩いていくと、曲がり角の影からオースティンが姿を現した。
「おはようございます。少し、お時間をよろしいですかな?」
ユーキも挨拶を返して、躊躇った後に承諾した。
近くの小部屋に呼び出されると、目の前に小さな革袋が置かれる。
「以前、マリーお嬢様たちをグールからお救いになったことを覚えてらっしゃいますか?」
「はい、王都に来て間もない頃のことですね」
「陛下と魔法学園からの褒章は出ていたと思いますが、伯爵家からはお渡ししていなかったと思います。そこで、ここにいくらかのお金を用意いたしました。ぜひ受け取っていただきたいと伯爵が」
どう考えても、相当な数の硬貨が入っている革袋を前にユーキは顔が引き攣る。
辞退しようと口を開こうとしたところにオースティンが畳みかける。
「貰っていただかないと伯爵の名に傷がつきます故、どうかご辞退は控えていただきたい。それに武器も破損しておられた様子。着の身着のままここにいらっしゃったので、武器を買おうにもお困りでしょう」
「うっ……」
オースティンの言う通りであったため、ユーキは口元が引き攣った。
いつの間にこちらの状況を把握していたのか、と気味が悪くなる。
「おそらく明日には王都行きの馬車と護衛の手筈が整います。万が一のことがあってはいけませんので、用心に越したことはないかと。今日であれば武器を買う時間はあるでしょうから、ぜひお嬢様たちと一緒に街へと繰り出されてはいかがでしょうか?」
「(何か裏があるようにしか聞こえないんだけどなぁ)」
ユーキはオースティンのにこやかな笑顔が仮面のようにしか見えなかった。どちらかというとルーカス学園長のような雰囲気に近い。
しかし、ここの屋敷を取り仕切る家臣の中での実質的なトップでもあるため、伯爵からの信頼が厚いのは間違いない。そんな人が何かを企むはずがない、という考えも浮かんできた。
「わかりました。朝食の時にみんなに話をしてみます」
「ありがとうございます。短い時間だとは思いますが、伯爵様の治める街を見て行っていただければと思います。それでは、私は仕事があるので失礼いたします」
そのまま扉に向かって歩いていくオースティンをユーキは思わず呼び止めた。
「どうかされましたか?」
「フェイとフランは、ここに残ると思うのですが、二人はどうなりますか?」
「軍事にはあまり携わっていないのですが、私の予想でもいいというのならば……お話します」
「ぜひ」
ユーキはオースティンの言葉に頷くと、その先を促した。
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