前兆Ⅳ
朝起きると、まだ日が昇る前だった。
暗闇の中で着替え、ベッドの脇に置かれた刀を持って、静かに部屋を出る。目的の場所は、フランたちと一緒に魔法障壁の練習をした庭だ。
刀を持ち直すとわずかな振動と金属音を捉え、ユーキは顔を顰める。刀が軽いだけではない、持った瞬間から明らかに以前の刀とは違うと感じてしまう。
他に替えの剣や刀もないので庭に行くと、既にフェイが剣を素振りしていた。
「遅かったじゃないか。体、鈍ってるんじゃないか?」
「その通り。たった一日寝てただけでこれだと、この先が思いやられるよ」
軽口をたたきながら、フェイの横に並び、刀を抜く。
抜いていくときに、右手を通してザラザラとした感触が伝わってきた。
「おい、それは……」
フェイが現れた刀身を見て、目を開く。
刀は以前よりも幅が細くなり、所々の刃縁が広がるどころか、鎬地が溶けて重ねが薄くなっている。バジリスクを斬った時に体液に触れて、溶かされてしまっていたようだ。
「刀としては死んでいるかもしれないな。研ぎ直せば可能性はあるかもしれないが、強度は前ほどないだろう。素人でもわかるよ」
軽くなった刀を手首で振りながらユーキは答えた。
「街に行けば武器屋もある。そこで買ってきた方がいいな。刀が置いてあるかはわからないけれど、そのままにして、帰る途中に魔物との戦闘があったら大変なことになるぞ」
「あぁ、そうだな。ところでフェイは明日、どうするんだ?」
ユーキは素振りをしながら、フェイに目を合わせることなく問いかける。
「何のことだ?」
「お前も一緒に王都に来るのかどうかってことだよ」
その問いにフェイは答えなかった。次に口を開いたのはユーキの素振りが十回を超えたときだった。
「それを知って、どうするんだ?」
「自分勝手かもしれないけどさ。関わりの深い人には死んでほしくないって思ってるんだよ。お前からしてみれば、騎士団の人や伯爵がそうなんだろうけどさ」
「だったらわかるだろう。僕はここに残る。ここにいる騎士団員が一人でも生き残れるために」
「そう言うと思ったよ。一番騎士団で若いんだから無茶言っても何とかなるだろうに、変なところで頑固そうだもん、なっ」
ユーキは先ほどよりも振り下ろす速さを上げて素振りを続ける。
その目はフェイを捉えていない。
「聞いていいか? なんで俺に身体強化をするなって言ったんだ? ウンディーネも体に異常はないって言ってたぞ」
「それは……言わなきゃダメかい?」
「知っておかないといざという時に困るだろ。知らずに使うのと覚悟して使うのじゃ、やっぱり違うと思うんだ」
空気を割く音が響く。
ユーキが刀を片手で持って、フェイへと振り返った。その顔を見てフェイは諦めたように口を開く。
「君の使っている身体強化は、一つか二つ、上の段階に行っている。一部の人は限定解除なんて言っているんだけど、身体強化の魔法は詠唱や術式が存在していない。――――本能で制限をかけているんだ」
「制限が外れるとどうなるんだ?」
「身体強化の効率が向上する反面、肉体への負担が増す。それだけじゃない、一歩間違えると前みたいに精神と肉体が乖離してしまうようなことが起こるんだ。まるで一日が一年に感じるっていう人だっている」
フェイの言葉にユーキはぞっとする。
今でこそ平静を装っているが、この屋敷に連れてこられるまで、ユーキは時間という概念が苦痛でしかなかった。世界から切り離された感覚は今でも覚えている。
もし、これが酷くなって何百年もずっと動かずにいるという感覚を味わっていたら、涙ながらに殺してくれと発狂するかもしれない。
「そうなった人はごくごく一部の人だ。大抵の場合は、肉体を鍛える前に身体強化の技術だけが成長してしまった人がなる。そう、君みたいなね」
それでも君はその魔法を使うのか、とフェイの目が訴えていた。
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