前兆Ⅰ
伯爵の前に揃ったユーキたちは開口一番、度肝を抜かれた。
「おそらく、ここは戦場になる」
その言葉に全員が息が止まる。
伯爵の横で何事もないかのように紅茶を啜るビクトリアが異様に見えるくらいだ。
「なんで、そんなことがわかるんだよ!?」
「簡単だ。国境沿いに蓮華帝国の大部隊が集結しているとの情報が入った。建前は軍事演習のようだが、きっかけさえあれば、一気に進軍を開始するだろう、というのが俺の読みだ」
肘をついて手の上に顎を乗せると伯爵は苦笑いした。
「俺としては、あまりにもあからさまだから何かあるんじゃないかと疑っているところだ。他に伏兵はいないか。街の中に裏切り者はいないか。いずれにせよ、まずは情報戦だ。攻める側の利点はタイミングと方法を選べること。俺にもう少し知恵が回れば、そこで叩き潰せるんだけどな。まぁ、何かあった時には知らせるから、心の準備だけしておいてくれ」
「その場合、私たちはどのような扱いになるんですか?」
サクラが一歩進み出て伯爵に尋ねる。
伯爵は髪を掻きながら困ったように唸った後、助けを求めるようにビクトリアへと視線を向けた。
「一般論で言うのならば、早く故郷へと戻ることをお勧めします。あなたもそれが分かっていて荷物を纏めてきているのでしょう?」
普段ならば、少しばかりおちゃらけた様な雰囲気のあるビクトリアだが、一切の無駄をそぎ落とした声音でサクラへと答える。
「それとも、何か? 異国の為に、命を懸けて戦うとでも言うのかしら?」
「命を懸けられるかはわかりませんが、少しくらいはお力になれるかと」
「その言葉だけで十分だ。我々の国は我々で守らなければならない。そうでなければ、いずれ亡びる」
伯爵が手を挙げて会話に割り込んだ。
「フラン嬢は私の庇護下にあるため、申し訳ないが、この街に留まってもらう。アイリス嬢は……わかっているな?」
「はい。私のわがままも、ここまで」
「……いい子だ」
伯爵はアイリスの言葉に小さく頷くと、小さく微笑んだ。
いつもは豪快で迫力のある体が、勇輝にはどこか一回り二回り小さく感じた。
「今、オースティンに頼んで、王都行きの馬車と護衛の手配をしている。私の書状もしたためておくので、それを使って、二人は故郷に帰ると良い。明後日には準備が整うだろう」
「それは……」
「なーに。戦争が本当に始まるとも限らん。それに国の中でも最強の剣と杖が揃っているのだ。例え攻められたとしても、返り討ちにしてくれる」
伯爵が笑うが、マリーとクレアは顔を見合わせた。我慢できずにマリーが伯爵へと問い詰める。
「それで、あたしらはどうなるんだよ!?」
「どうもこうもないですよ。万が一のために、あなたたちも王都へと送り返します。いくつかの貴重なものを持たせてね」
「それは万が一、この街が守り切れなかったときの為に……ということ?」
「あたしたちが死んだときの為よ。クレア」
ビクトリアの言葉にクレアとマリーが激高する。
「それなら、あたしも残って戦う!」
「あたしもだ!」
ビクトリアは頭が痛いとでも言いたげにこめかみに手を当てる。逆に伯爵は苦笑しながらも、どこか嬉しそうだ。
「ま、俺たちの娘だからな。絶対に言うことを聞かないだろうな、とは思ったよ」
「あなたね。気恥ずかしくなるようなことをいきなり言い出さないでください」
「俺がこういう性分なのは昔から知ってるだろ?」
「それは、まぁ、そうですけど……」
「おーい。二人の世界に入ってないで、話を進めてくれー」
急にいちゃつきそうな雰囲気を醸し出した二人にマリーはキャンセルをかける。思いっきり二人の間に手を差し込んで上下に振りまくった
「そういえば、マリーのご両親って」
「マリーが目を背けたくなるほどイチャイチャするって言ってたな」
ユーキたちがいる手前、自制しているのかはわからないが、何となく目の前の二人は仲が良いのだろうと呑気に感じていた。今、この瞬間にローレンスへと進撃を開始している足音が迫っているとも知らずに。
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