大源と小源Ⅲ
数分後、ユーキの意識が僅かに本から逸れる。
その理由は波のように、そして次第に大きくなる騒音に気が散ったからだ。
「(何だ……? 騒がしいな)」
流石にオースティンが異変を感じてドアまで近づいていくと、それよりも早くマリーたちがドアを開けて突入してきた。
「わりぃ、メリッサ。ちょっと来てくれ」
「どうしましたか? お嬢様」
「あたしの友達がケガしてるんだけどさ。治癒魔法得意だっただろ? 少しかけてやってくれないかな?」
その言葉にメリッサはオースティンへと視線を向ける。オースティンは仕方ないとばかりに目を瞑ると首を縦に振った。
その時、聞こえるはずのなかった声が聞こえた。
「サク、ラ?」
ユーキの目がドアの向こうで抱えられているサクラを捉えていた。
不安に揺れる瞳だったが、すぐにそれは治まった。顔色を見る限り、そこまでの酷いものではないと判断できたからだ。服に血の類も付いていないのに抱えられていることから、足首でも挫いたのかと想像した。
それに本当に危なかったらウンディーネが反応しているはずだ。人間にあまり良い感情を抱いていない彼女だが、少なくとも、サクラたちを見捨てるほどの気持ちはないことはわかっている。
しかし、一時でも走った動揺はユーキの体内に異常を引き起こそうとしていた。
「(また……意識が……?)」
心臓が跳ね上がった瞬間、元に戻りかけていた時間の感覚が再び引き延ばされる。音が遠く、体は鈍く、意識だけが冴え渡っている。
その様子に気付いたのは一日中、傍で付き添っていたメリッサだった。
「まさか。また感覚が狂い始めましたか……?」
その言葉にオースティンもユーキの目線に合わせて瞳の動きをじっと見つめる。
「確かに瞳の揺れ、瞳孔の開きが先程と違いますね。あまり彼を刺激しない方がいいかと、お嬢様。まずは彼女を別の部屋に――――」
「その前に、あれを試して、みる」
オースティンの言葉を遮って、アイリスがマリーの服の裾を引っ張った。
「あれ?」
「この前貰った、薬」
「「……あ」」
先日、エルフの弓使いに貰った薬の小瓶のことを忘れていた。
サクラも前回はユーキが無事であったことが思考の大半を占めていて、薬のことまで気が回らなかったからだ。
「そういえば、ポーション飲めば打撲位すぐに治るでしょ?」
「姉さん、気付いてたんなら言ってくれよ」
「いや、ポーションだってお金はかかるわけだし、治療魔法の方がいいんじゃないかなって」
薬草の採取依頼でポーションの引換券がもらえるが、ポーションの値段は当然ながらそこらの飲み物よりも十数倍高い。薬草依頼でポーションの引換券を貰うのは何も低い階級の冒険者だけではない。自前で作ることができない冒険者は、時折、数日使って薬草の採取依頼を受け続けることも有るくらいだ。
「サクラ。痛いときは無理しないで飲んだ方がいいぜ」
「だって……苦いんだもん」
「うっ……。確かに凄い臭いと味だけどさ……」
二人で眉根に皺を寄らせるとどちらがケガ人かわからない。ポーションの効き目は遅効性だが、後になって痛むということが少ない。治癒魔法は即効性がある分、治せなかった部分が後で痛むことがよくあるため、二つの使い分けは実は大切だったりするのだ。
「えーと、それよりユーキに薬を飲ませてあげた方がいいんじゃないかな?」
「そ、そうだった。これ、お願いできますか?」
サクラが小瓶を取り出すとオースティンは両手で受け取って、僅かに目を細めた。
光に透かすようにすると、明るい新芽のような緑色の液体が揺れるのが見える。オースティンは一瞬手が震えそうになるのを抑えて、サクラに問いかけた。
「お嬢さん。これをどこで手に入れられたのですか?」
「その……A級冒険者になる予定のレナと言う方に……」
その返答にオースティンは酷く驚いた様子で目を見開いていた。
一度息を吸って、メリッサを呼ぶと小瓶を彼女に渡して向き直る。
「その方は、エルフの方ですね? 昨今話題の弓使いだとか」
「そ、そうですけど……」
「あれはエルフの里にしか存在しない秘薬。通称『森の雫』と呼ばれるポーションです。私も過去にオークションで一度見た限りですが、あの輝きは間違いありません」
その言葉を聞いて、マリーたちは呆然とした。アイリスやクレアですら口が開いて塞がらない。
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