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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第2巻 漆黒を歩む者

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騎士への道のりⅤ

 走り出したユーキは、目の前のオークが顔面にガンドを喰らって呻くのを確認した。先ほどの速射とは違い、魔力を込めたので顔の一部が吹き飛んでいる。しかし、それでもグール化したゴルドー男爵を倒した時の威力にはほど遠い。加えて、連射した二撃目以降は威力が激減していた。


(通常時の威力は上がっているけど、あの時のような威力は出せないか……)


 呻いているオークの左の足元に駆け寄り、裸足の指へと攻撃する。狙うのは最も細く、痛みがキツいだろう小指だ。


「――――フッ!」


 斬り付けるのではなく、ちょうど爪の生え際あたりに全体重をかけて突き込む。切っ先が埋まる程度で貫通には程遠かったが、効果は絶大だった。


「ア゛ア゛ア゛ァ゛……!」


 顔面を右手で抑えながら左手で小指を押さえる。タンスに小指を全力でぶつけたように、思わず庇わずにはいられない反射的な行動。驚くべきことに、小指を庇うために屈んだ状態のオークでも、頭の位置はユーキの身長より少し下くらいだ。オークと人間の体格の違いをこれでもかとわからされる。

 三メートルに届くという巨体相手に戦うのは、冷静に考えれば無謀もいいところだ。だが、ユーキはこれを好機とみて、さらに追撃する。逆手に握った剣を順手に持ち替えて、振りかぶった剣をほぼ水平にオークへと突き出す。その先には削れた頬を庇う手。そのわずか上方にあるオークの右目へと向かう。


「――――ハァッ!」

「オゴッ!?」


 しかし、今回ばかりは運悪く目の上からこめかみにかけてを擦っていった。そもそもユーキは金属製の剣を握ったことなどない。人間という体の構造と剣の使い方を実体験して使い方を学び、重さに振り回されぬよう鍛錬しなければ思った場所への攻撃はそうそう上手くはいかない。


(くそっ! 鍔元を持ってたせいで、手首に柄が当たってそれちまった!)


 狙い通りの場所へと突き出すのであれば、せめて両手を使って突くべきだったことに気付くが、後の祭り。苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、ユーキは次の攻撃へと動き出す。


「オォッ!? ゴウッ!?」


 右目近くに走った痛みに体を反らしたオークは、怪我をした左足に体重をかけて転倒してしまった。仮に怪我のない状態だったら、ユーキは逆に反撃を受けていただろう。畑の野菜の一部を体で潰す形で倒れ込んだオークは痛みで起き上がれないでいる。


「これでトドメを――――!?」


 一瞬の油断、倒れていて両手も塞がっている状態。だから、最後の一撃とばかりに近づいて首へ剣を突き立てようとした。しかし、オークには動く場所がまだ残っていた。

 近づいてきたユーキに立ち上がろうともがいた足が、運悪くカウンター気味に腹部へと吸い込まれる。


「ガッ――――!?」


 攻撃として放たれていないにも拘わらず、ユーキの体は数メートルほど後ろに吹っ飛んだ。一瞬浮き上がった体は地面と接触するなり、勢いを殺せず数回転してしまう。

 砂利で擦れたり、小さい石が一瞬めりこんだ部分が鈍痛を訴える。今の衝撃で、せっかく溜めていた魔力も霧散してしまった。

 さらに悪いことは積み重なる。森から振り切った筈のオークが出てきたのだ。一対一の戦いでも危険なのに、さらに相手が増えるのはマズイ。


(臭いを追って来たか、こいつの咆哮を聞いたか。いずれにしてもピンチだな)


 おまけにユーキは、瞬時に回復できる方法を持たない。今もポーションを飲んでいるが、吸収には時間がかかる。おまけに最低でも今以上の攻撃が襲い掛かってくる未来を想像して、恐怖で身が竦みそうになっていた。


「ちくしょうが……!」


 故にユーキが決断したのは撤退だった。目の前のオークが、すぐに追いかけてくることは難しいだろう。それならば、同じ場所に留まらずに一対一の状況を作り出すのが、今できる最善の手段。一撃で倒せるゴブリンならともかく、同格以上と多対一で凡人が戦うなど愚の骨頂だ。

 ガンドのための魔力を再度装填し始めながら、ユーキは立ち上がって道沿いに逃げ出した。一方、オークは興奮しているのか、豚のような顔が赤くなり、鼻からは醜い音を垂れ流している。一声唸ると同時に、畑だろうがお構いなしにユーキへと一直線に走り始めた。

 ガンドの装填はすぐに終わるはずだったが、全力で走っているためかなかなか魔力が集まらない。ユーキは焦りながらも、距離を測りながら落ち着こうとしていた。


(距離は残り五十メートルくらい。止まればすぐに追いつかれそうだけど……。その前に装填できるはず……!)


 大体の目測と計算でガンドの準備に集中することを決めたユーキは、膝立ちになって左手で右手首を握る。荒くなった呼吸で揺れる体を無理やり抑えこんだ。

 オークの興奮した赤い目がはっきりとユーキを睨んでいる。その瞳には、もはやユーキを殴り殺す楽しみしか見えていないようだ。その顔の中心へと照準を合わせていくと、次の瞬きで魔眼が自然に開く。


(――――この色は……!?)


 その視界に移ったオークの色はゴブリンたちと同じような黒色だった。しかし、ところどころ色の濃さが変わっている。濃い部分はまるでグールになったゴルドー男爵の纏う色に近かった。右手の黒い光が振りかぶられて、自分の方へと突き進もうとする姿を捉える。

 思わず魔眼を一度閉じると、実際にはあと数歩で手が届く所までオークが近づいていた。光の塊に殴られる視界に気を取られていたユーキは我に返り、オークへと指を向ける。

 呼吸を止め、指先へと集っていた魔力を一気に解き放った。


「穿てっ!」


 あまりにも近くだったせいか、魔弾がめりこむような音がユーキの耳奥に届いた気がした。オークの鼻が陥没し、前傾姿勢のままで倒れてくる。

 横に転がって避けた後、すぐにユーキは剣を握る。倒れて地鳴りが響いた次の瞬間、そのまま目の前にある首へと剣を突き立て、傷口を広げるために抉り抜いた。

 ユーキが飛びのくと同時に、赤黒い血が噴き出し、辺り一面を染め上げる。緊張感がなければ吐き出してしまうほどの汚臭が鼻の奥に突き刺さった。


「……ガンド以外の戦闘方法もしっかり学ばないと、これから先はやっていけそうにないな」


 ガンドの威力や連射力、装填時間にもいくつか問題点があることが分かった。やはり、ガンドだけで戦うというのは無理があるようだ。少なくとも、一人で戦うには近接での戦闘法も学んでいく必要があるのは間違いない。

 しばらく、呆然と立って呼吸を整えていると、遠くから金属鎧が出す特有の音が聞こえてきた。ユーキはオークから距離を取り、もう限界だ、と座り込む。

 少しばかり小さい丘の向こうから人々が姿を現した。騎士だけでなく、冒険者も混じっていたのか、様々な装備の人間がオークを取り囲み始める。


「……死んでいるとは思うが、念のためだ。槍持ちは何度か刺してくれ!」

「まじかよ。こいつの臭いとるの大変なんだぜ。勘弁してくれ」


 そんな声が飛び交いながら、オークを突き刺していく光景が見える。その向こう側からクレアが駆けてきた。


「ユーキ、無事だったのか!」


 クレアはユーキの両肩を掴むと、頭の先から足の先まで、見渡して怪我の有無を確認した。


「あぁ、幸運にも軽傷だよ。ポーションで回復できる程度にはね」


 蹴られて傷んだ鎧部分を見せながら、クレアに苦笑いで返した。よく見ると胸から腹にかけて、木のように硬かった革鎧が歪んでいた。少しばかりクレアの顔が青ざめる。ユーキはそんなことに気付かず、クレアへ告げた。


「それよりも、もう一体のオークが向こうの畑で倒れている。まだ生きているはずだからそっちを何とかした方がいい」

「わかった。すぐに戻るからユーキはじっとしてろ。動いたらぶん殴ってでも大人しくさせるからな」


 何やらクレアはユーキにお怒りのようだ。なぜ怒っているのかわからないユーキは、形だけでも頷いておくことにした。クレアは衛兵の一団の中へと走っていき、同じ装備で後ろから衛兵たちを見守っている男に話しかけている。男は何度か口を開いた後、周りにいた十名程度を率いて、オークがいるであろう方向へと駆けていった。


「とりあえず、助かったと思っていいのかな? しかし、これでまた騎士の叙勲に近づいてしまったか?」


 オーク二体の単独討伐に等しいことをしたのだ。おそらく言い訳は通らないだろう。少なくとも、冒険者ギルドのランクは間違いなくDクラスに上がることが確定だ。

 いろいろと面倒くさいことではあるが、一つだけ確実なメリットが存在した。


(シャワーが使えるな……)


 ちょっとだけオークを倒せて良かったと思えるのはそれくらいか。

 農民を守り、自分にも少しは利益があったので精神的には救われている部分が多い。尤も、今すぐにオークともう一度戦えと言われたら、全力で拒否をするつもりだ。


(オークでこんな状態なのに、オーガなんかとんでもない。コルンさんの依頼を受けなくて正解だったな)


 いつだか、コルンに紹介された依頼の中にさらった紛れ込んでいたオーガ討伐のことを思い出して、自分が戦闘狂(バトルマニア)でなかったことに安堵した。なんの疑問も持たずに受けていたら確実に死んでいただろう。

 あえて、ここでコルンのフォローをしておくとすれば。オーガ討伐は討伐成功がすなわちCランク入りとなる依頼だった。つまり、いつでもCランク入りできるようにコルンが気を利かせて用意した依頼なのだった。ただし、その真意をユーキが知るのは、かなり先のことである。

 依頼だったり、今後のことだったりを考えていたユーキの元にクレアが頬を膨らませて帰って来る。クレアの怒りを収めるための言い訳をユーキは超高速で考え始めるのだった。

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