周辺調査Ⅳ
一体のシャドウウルフを速攻で倒したことは、クレアも当然だと思っていた。
ただ、サクラが詠唱した魔法には驚きを隠し切れず、心の声が漏れてしまう。
「詠唱の改変。言葉にするのは簡単だけど、実際にやるには難しい。単純に威力を底上げするならまだしも、敵を指定して誘導をかけるのはかなりの高等技術。杖の動きでイメージを補助したとはいえ、一日二日でできるもんじゃない。流石は留学してきただけはあるわね」
感心しながらもシャドウウルフの攻撃をいなす。先程は攻撃はしないと宣言したものの道中は長い。魔力切れを起こされても困るので、軽く一匹切り伏せて、フェイの対応していた方を後ろに抜けさせる。
マリーが張り切っているので、そのお手並みを拝見しようといったところか。その瞬間、目に飛び込んできた光景にクレアは目を見開く。
「くらえー!」
マリーは杖先に出現した火球を放たずに、そのまま飛び掛かってきた敵の顔面へと叩きつける。
顔面を焼かれたシャドウウルフは、悲鳴を上げる間もなく空中で体勢を崩し、地面へと墜落する。そのまま痛みでのたうち回るところへ、マリーが一度距離を離して手元の火球を放った。
「何、あれ……?」
「え? なんかまずかった?」
流石のクレアも魔法を放たずに武器のように扱う様子を見て愕然とする。その表情に今度はマリーの表情が固まる。
「今、何やったの?」
「え? いや、アイリスが水を魔力で自由に扱ってるんだから、火でも似たようなことできないかなってサクラと話しててさ。ちょっと試しにやってみたけど、思いのほか上手くいっちゃって……」
その言葉にクレアは頭を抱えた。
確かに魔力で「水を操る」、「土を操る」というのは技術としては存在する。ただし、それは高等技術としてだ。それも火や風はどちらかと言うと形の保持が難しく、より難易度が高い。それならば詠唱をすることで、そういう魔法として扱う方が簡単だ。
それをマリーは火球というもっとも使い慣れた形を維持することで実現していた。正確には発射態勢にある火球をそのまま維持しているという点では、魔法の発動を遅らせる遅延呪文に近い。
クレアの知るどのタイプにも当てはまらない使い方に、どう話をしたらいいか悩んでいる様子だったが、最終的にクレアは何も言わなかった。
恐らく、口を出すのは簡単だが、デメリットの方が大きいと考えたのだろう。マリーの発想は次の新しい発想の種になる。それを潰すのは本意ではない。
「……いいんじゃない? 後は魔力のコストパフォーマンスがどれくらい良いかを考えないといけないけど、攻撃としては成立していたんだから」
「火球二発撃つよりは楽かな。でも一発撃つよりは魔力を使った気がするけど」
出現させる時点で一発分。維持した分だけ魔力を消費する。そう考えると場合によっては、複数の敵に囲まれた時に振り回す方がお得かもしれない。
クレアも頭の中で様々な使い道を考えながら、フェイへと振り返る。
「どう? この調子なら後何匹くらい行けそう?」
「同時になら六、七匹くらいまでなら、この人数で対応できるかと。総計で言うのならば、頑張れば五十匹くらいまでは倒せそうですが、素材の回収も考えて十数匹くらいにするのがいいと思います」
「そうね。持ってきた荷馬車に積むにも限界はあるから仕方ないか。血抜きと内臓処理をして残りを積む。土魔法で地中に埋めたら、次の場所に移動。可能なら氷で冷やしながら持ち運べると良いんだけど――――」
困ったようにクレアがシャドウウルフと馬車を交互に見ていると、アイリスが勢い良く手を挙げた。
「私が、やる」
アイリスの自己推薦もあったので、クレアは頷く。同時に、狩れても二回程度が緊急事態が起こった時に対応できる魔力残量の安全圏だろうと考えた。荷車に詰めるのにも限界があることを考えれば、帰り時も見極めなければいけない。
遺骸に関しては、何でも収納できる魔法の鞄が存在しないわけではないが、辺境伯家の年収を総動員しても買えるかどうか怪しい。冒険者によっては依頼としての報酬を目的に討伐部位を持って帰ることを優先することもあるが、シャドウウルフの肉は美味かつ保存食に向くので、そのまま持って帰ることが多いのだ。
特にローレンスの街には専門に狩る冒険者パーティが存在し、荷馬車を二つ用意して一つのパーティが狩り専門。もう一つのパーティが運搬専門として、狩った傍から死体を街へと運び込む形式をとることで時間のロスを極力なくしている。
今回は魔法の練習も兼ねているので、たくさんの戦闘をこなしたいところだが、安全策として荷馬車に余裕がある状態で引き返すことにしていた。また、血の匂いを嗅ぎつけて、稀にシャドウウルフよりも強力な魔物が現れないとも限らない。
クレアは油断せずに周りを見回して、各自に処理の指示を飛ばし始めた。
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