周辺調査Ⅱ
ユーキが元に戻るまで他にできることはないかと考え始めていた五人だったが、ドアのノックでウンディーネの気配がさっと消えた。
僅かに遅れて開いたドアからはフェイが覗いて、申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめん。何かみんなを呼んでくるようにって言われて……。悪いけど応接間まで来てくれないかな?」
「え、あたしだけじゃなくて、みんなも?」
「うん。ビクトリア様が全員呼んで欲しいって。あ、ユーキはそのままでいい」
みんなの視線がユーキにも向いたので、慌ててフェイは手を振って否定する。
流石にこの状態のユーキを連れて行ったところで、どうにもならないのはわかりきっていたので、全員安堵した。
「オースティンを呼べば連れて行けるけど、そうでない場合は背負っていかないといけないからな。あたしたちはよくても、ユーキが困るだろ」
「え、何で?」
「女の子に背負われて運ばれるって、多分、ユーキ的には恥ずかしいんじゃないかな?」
その時ユーキはマリーの言っている言葉はわからなかったが、どこか馬鹿にされているように感じたようで、少し不機嫌そうな顔をしていた。同時に、僅かに距離をとろうとしていたようにも見えた。
『伯爵に呼ばれた。行ってくる』
アイリスがすぐに状況を説明して書くと、ユーキは右手を上げて見送る仕草をした。
「悪いな。メリッサにはしっかり見ておくように言っておくからな」
「また後で来るね」
同じように手を挙げて部屋の外へと向かっていくと、入れ違いでメリッサが部屋に入ってくる。廊下をバタバタと走っていく様子に目を細めながらドアを閉めると、ユーキの近くに置かれた紙を拾って何やら書き始めた。
『お嬢様のご学友でしたか、もし話せるようになったら学園での出来事を聞かせてください』
ユーキは即座に右手を上げた。気付かない内に、体の動かし方にも慣れ始めたようだった。
その姿にメリッサは驚いた顔を覗かせながらも、ベッドを回り込み本のページを捲る役割へと戻る。
一方、応接間に呼び出されたマリーたちは、渋い顔の伯爵と笑顔の伯爵夫人が並んで座っているのを見て、嫌な予感に打ち震えていた。
その中でもマリーは顕著で、小さい声で帰ってくるんじゃなかった、と――――祈りの詠唱のように――――連呼していた。
「魔物の駆除……ですか?」
サクラが問いかけるとビクトリアは頷いた。
「えぇ、聞くところによると、魔法学園は当分閉鎖。その分は自力で勉強しなければいけないでしょう? それならば実地訓練と称して魔法の練習をしながら、魔物を狩って、ついでに領地の安全も確認できますから」
「ここの周囲の魔物は危険なんですか?」
「少なくとも、熊より大きな生物は見たことがないわ。あなたたちなら問題なく倒せそうね。一応、フェイとクレアも一緒に連れて行けば心配はないと思うけれど、どうかしら?」
冒険者ギルドで報酬がもらえて、魔法の勉強にもなる。そう言われれば断る理由がないように見えるが、そもそもここに来た理由を考えると頷くわけにもいかない。
「俺としては、俺たちに何かあった時の為に跡継ぎをどうするかとか、領地経営についてどうするかとかを考えるための時間だと思っていたんだが?」
「そうだよ。それにクレア姉さんだって、まだ来てないじゃないか。姉さんなんか、どこぶらついているかわからないから、いつ来るか分かったもんじゃ、ない、ぞ……?」
マリーが伯爵に続いて抗議のように声を上げるが、その肩に手がポンと置かれた。恐る恐るマリーが振り返るととてもいい笑顔のクレアが立っていた。
「……げっ」
「はーい。久しぶりに見た姉の顔見て、そんなこと言う悪い子は……こうよっ!」
「あだだだだ!?」
そのまま肩を思いっきり掴まれたマリーは、足をバタバタさせながらクレアの腕をタップする。
「悪いわね。あんたたちが帰ってくるときの騎士の中に変装して紛れ込んでたの。ちょっと最近、尾行されてるっぽいのよね。まぁ、コレでうまく巻いてやれたけど」
「……さっきも言った通り、クレアも一緒に行ってくれるそうだ」
諦めたように伯爵は呟く。対して、ビクトリアは気楽に散歩でも行ってきなさい、とでも言うかのように次の言葉を言い放った。
「あのね、マリー。宮廷魔術師と不死身の剣士。この二人が一緒に戦って敗けるってことは、国の三割が落ちたようなものよ。だから、あなたは気にせずに魔法の腕でも磨いてらっしゃい。領地内のことなら、私の魔法でここにいながら見ることができるから、帰ってきたら稽古くらいはつけてあげるわよ」
「ひぃ……」
マリーは青ざめた顔でアイリスやサクラへと視線を送るが、その返事は二人の顔に書いてあった。
――――「あ・き・ら・め・ろ」と。
「とりあえず街道沿いの草原と林あたりにいる魔物の駆除をお願いしようかしら。しっかりギルドで受付をしてから行きなさいね」
「……はーい」
有無を言わさないビクトリアの言葉に、マリーも渋々頷いた。本来は後継者としてクレアかマリーの指導をするつもりでいた伯爵の顔は、どこか悲し気だった。
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