周辺調査Ⅰ
伯爵の目に映ったのは、本を読み続けるユーキの姿だった。それがゆっくりと首をこちらに向けた時、焦点の合わない表情にぎょっとしかけた。
すぐにそれが元に戻ったところを見て、話しに聞いていた後遺症だと気付いた時は安心した。てっきり、ビクトリアに怪しげな魔法でも使われたのではないのかと思ったからだ。
「ユーキ君。体は大丈夫か?」
ゆっくりと進み出て伯爵が問いかけるが、ユーキの表情は僅かに眉根を寄せるばかり。
そこでメリッサが伯爵の言葉を書いて見せると、ゆっくりと右手を挙げた。
「本人的には大丈夫だそうです」
「わかった。ビクトリアに会ってくるから、ここは任せたぞ」
「承知しました」
伯爵は頷いて部屋を出て行ってしまう。
それを見送って、今度はサクラたちがユーキのベッドへと押し寄せた。
「良かった。症状が酷くなってたらどうしようかと」
「あたしは母さんに実験台か何かにされてないかで心配だったぜ」
口々にユーキへと語り掛けるが、その言葉は残念ながらユーキには届かない。
その表情を読み取ってか、アイリスがメリッサが見せていた紙を受け取って文字を書き始めた。
『みんな、ユーキの無事を喜んでる』
それを見て感情が見えない顔に、僅かばかり笑顔が浮かんだ。
そんな中でフランが不安そうに周りを見回すとメイドのメリッサに声をかける。
「すいません。友人同士で話したいことがあるので、少し席を外していただいてもよろしいですか?」
「わかりました。部屋の前にいますので、何か御用があればお申し付けください」
メリッサが部屋を出て行くのを見届けて、フランはユーキに向き直ると問いかけた。
「あの……ウンディーネさんは、いらっしゃい……ますか?」
『……えぇ、いますよ』
姿を現さずに少しばかり不機嫌そうな声でサクラたちへと語り掛ける。
『まったく、彼には話し掛けても反応しないし、下手に力を使えばあなたのお母様にばれそうだし、気が気じゃなかったです』
「それは、その……ごめん」
マリーも母親がしたことだけに謝るしかできない。
「とりあえず、ウンディーネさんの力でユーキさんを治すことはできないんですか?」
『無理ですね。できるなら、真っ先にやっていたでしょう。正直、体の傷は治せても、精神や魂まで干渉するのはかなり危険ですから……』
彼女曰く、「そこに手を出してしまうと本来あるべき姿から歪んでしまって、取り返しのつかないことになってしまう」のだそうだ。故に洗脳や死者蘇生などの魔法は、人間だけでなく精霊たちすらも禁忌としている。
稀に神からの加護を得た聖女が、限られた条件下でのみ発動することが許されるらしい。なお、その聖女は少なくとも、サケルラクリマから選出される勇者探しの聖女アルトことアストルムとは、別にいるのだとか。
『まぁ、もしかしたら、アルトさんなら精神部分まで踏み込むことは可能かもしれませんが、危険なことには変わりありませんね。一歩間違えれば、廃人ですから』
「どうすれば治るかな……?」
『自然治癒ですね。見た感じだと、彼の中で眠気が襲ってきて目を覚ますと、体感時間が少し元に戻っているようです。先程も、伯爵の方へ首を向けることができていましたから、このままいけば明日にはゆっくり歩くくらいまでには回復しそうです』
かなりの時間を要することがウンディーネの言葉から察することができる。後は、本人がそれを長いと捉えるか短いと捉えるかの違いだろう。
「そうか。もしかしたら、戦闘時の極限状態が引き起こしているのなら、リラックスさせれば元に戻るのかもな」
『面白い考えですね。そういうことも有り得るかもしれません』
ウンディーネはマリーの考察に興味を示す。リラックスというならば本を読む行為そのものも、それに近いものがあるかもしれない。特に読み終わった瞬間は一番の弛緩時だろう。思えば、本の内容が難しくなっていたこともあるが、体感時間が僅かずつ戻り始めていたことで読むスピードが落ちていたのかもしれないとウンディーネは語った。
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