いざローレンスへⅥ
朝日が窓から差し込み始めると、本を照らしていた魔法石の光が掻き消えた。
ユーキが意識を手放したのは実際の時間で一時間にも満たなかったが、どうやら睡眠時も感覚が引き延ばされていたようで、体に不調は見られない。
逆に傍でずっと控えている二人の方が負担は大きいはずだ。何とか休んでもらいたいと思ったが、それを伝える手段はない。いずれ誰かと交代するだろうと軽い気持ちで夜通し本を読み続けたが、二人が休む気配がなかったため心苦しい。
その一方で、表情を変えずにビクトリアに言われたことを忠実に行う二人に、この短い時間で尊敬にも似た感情を抱き始めていた。
自分は夜通しで姿勢を変えずに立ち続けたり、本を捲ったりすることは可能ではあるかもしれない。ただ、そこに洗練された動作、佇まいがあるかと言われたら別だ。その点、この二人は出会って一日も経っていないが、完璧にできているとユーキは思い知らされていた。
恐らく、屋敷の中でもかなり上位の人間なのだろう。そうでなければ、屋敷全体の教育水準が有り得ないほどに高いことになる。体が動くようになったら、出歩くのが恐ろしくなりそうだ。
「(そういえば……)」
ふと、ユーキが視線を上げると新しく運ばれてきた本が目に入った。物語と違い、内容を理解しながら読んでいるので時間がかかるはずだが、それでも読み終えた冊数は既に三桁を超えていた。
内容も複雑なものが多くなってきて、正直体が動くならノートにメモをしていきたい。
そう思いながらユーキは本の右下へと視線を送る。
それから数時間かけて本を読み続けていたところ、屋敷の外が騒がしくなっていることに気付いた。低い音がいくつも重なり、不快になる。
オースティンが窓から様子を見ると何かに気付いたのか、メリッサに言葉を交わして、部屋を出て行ってしまった。
不思議に思いながらも本を読んでいると、その邪魔にならない場所へ紙が掲げられた。
『伯爵とお嬢様がお戻りになりました』
本を読み続けていたせいで忘れていたが、すぐにここが伯爵の家であることを思い出す。一体なぜだろうと思いながらも、視線を本へと移す。
その態度をどう思ったのか、メリッサはため息をつきながらもページを捲った。
「旦那様も旦那様ですが、そのお客人も例に漏れず肝が据わったお方のようですね」
普通、貴族の主人が屋敷に帰ってきたら、多少の動揺は見えてもおかしくないのだが、ユーキは本を読むことを優先した。考える時間があるとはいえ、ここまで冷静に目の前で本を読まれるとメリッサの方がいらぬ心配で焦ってしまいそうになるのは仕方のないことかもしれない。
貴族相手に礼を失した場合は最悪、その場で殺されることもある。尤も、体が動かないのは仕方のないことだし、ビクトリアの客人と言うことであれば無下に扱われることはないだろう。
実際は面識があり、伯爵にとっては娘を救ってくれた恩人であるということを彼女が知るのはもう少し後の話。
「……オースティンさん。早く帰って来ないかしら」
見た目は完璧な仕事を行いながら、心はどこか上の空。恐らく、本来自分がやるはずだった仕事は、誰かがしっかり引き継いでいるだろうかとか、この前届いた荷物のチェックは終わったかだとか、色々とやるべきことが気がかりなのだろう。
そんなことをしている内に、廊下の方から大人数で歩いてくる音が響き始めた。オースティンやメイドたちは大きな音を立てて歩くことはないので、十中八九伯爵であることは間違いない。気になるのは、それ以外の人物だ。騎士たちであれば装備品が出す金属音も聞こえてきそうだが、それがない。つまり、それに当てはまらない人となると娘のマリーが当てはまるが、それでも足音の数が多い。
扉の方へと視線を向けていると、伯爵がオースティンの案内の下、大人数を率いて部屋の中へと流れ込んで来た。
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