詰め込み作業Ⅵ
昔のことを思い出しながら、アンディは脳裏に嫌な予感が過ぎる。
自分の仕える伯爵の妻であるビクトリアは、自分の娘の友人が困っていた時に、ただ助けるだけで終わるだろうか、と。
「――――まさかっ!?」
椅子が音を立てて倒れる音を聞いて、全員の視線が伯爵に集まる。
伯爵自身の顔は普段と変わらないように見えた。だが、アンディには内心の焦りが伝わってきていた。恐らく、伯爵もアンディ同様に、ビクトリアのことについて不安に思っていたのだろう。
想像はしたくないが、ビクトリアは魔法の知識を探求することを何より楽しみとしている。今でこそ家族を最優先に動く素晴らしい女性だが、今も時々、彼女が探求に熱中するあまりに起こす事件をを思い起こすと、その姿とは正反対であることをアンディは知っていた。
魔法の知識を探求し、いかに効率よく、いかに多く破壊できるかを追求していた時期は、激しく燃え盛る炎を象徴する「紅」の称号に相応しい人物だった。
ただし、その言葉の前には良くも悪くも、と付けざるをえない。もし彼女があの頃の姿を取り戻したのだとすると、帰るのは命がけになる。
冷や汗が垂れるのを感じていたアンディの前で、伯爵は生唾を飲み込んで、サクラたちを中へと招き入れた。
「マリーとクレアは実家に連れて行くのは決定事項。問題は君たちだ。特にサクラ君。君はこの国の民ではない。万が一、戦争が起こった場合、国に帰還せねばいけなくなる」
「はい、承知の上です。その場合、ユーキさんも連れていかなければいけません。いざという時には、お互い知っている者同士の方がいいと思います」
サクラの言葉に伯爵は唸りながらも、アイリスとフランへ目を向ける。
慌てるフランに対して、伯爵は言い放った。
「君の身柄は私が預かることになっている。故に問答無用で着いて来てもらうことになる」
「そ、そうですか。安心しました」
「いや、私の領地は攻められる可能性が高いのだが?」
「いえいえ、マリーさんのお父様なら大丈夫ですよ。私も小さい頃から武勇伝を聞いておりますし、最近もマリーさんから色々と――――」
フランが伯爵へ何かを口走る前にマリーが無言でフランの口を塞いだ。どうやら本人がいないところでは、色々と素直に話をしているらしい。
「そして、君は――――」
「――――私はお父さんに許可を貰ってる。伯爵の所だったら、いくらでも行っていいし、好きにしていいって」
「あの野郎。一度、ひっぱたいてやるからな」
そう言えば、とアンディは聞いていて不思議に思った。この中でマリーと一番付き合いが長いアイリスだが、「なぜマリーとだけ仲良くしているのだろう」と。ましてやマリーは辺境伯の娘だ。
一応、伯爵自身が付き合う貴族を選んでいることは知っているが、アイリスなどと言う娘をもった貴族にアンディは心当たりはなかった。
伯爵の近くで過ごしている以上、貴族界隈には多少知識があると自負していたが、それも完璧ではない。自分の知らないどこかの貴族だろうということで自分を納得させる。
「あー。わかった。とりあえず、君たちも連れて行こう。その代わり、泣き言は一切なしだ。わかったら支度をすぐにしてきなさい」
「ありがとうございます」
そう言うや否やサクラは踵を返し、部屋を出て行った。
残った者たちは、この家にあるものを一部まとめるだけで済むので、そこまで大げさに動く必要はない。必要な物があれば、いくつか寮から持ってくる程度だろう。
ここ最近は、この屋敷で過ごすことも多かったので、マリーに関しては寮に戻らなくても問題ないくらいだ。
「いや、ちょっと待て。アイリス。しれっとあたしと一緒にいるけど、準備は自分でやるんだぞ?」
「え?」
「え? じゃないよ。自分の荷物が、どうしてあたしの屋敷にあると思ってんだよ」
「必要なの、代えの服、だけ」
アイリスが目をぱちくりさせている。それを見て、肩を掴んだマリーも考えた。
確かにこの状況下で一番用意をしなければいけないのはサクラだ。万が一に備えて、そのまま和の国へと向かえるように貴重品も持ってこなくてはならない。
逆にマリーたちの場合は、そのまま王都まで戻ってこればいいだけの話だ。着替えと暇つぶし用の品がいくつかあればいい。
「そうだな。とりあえず、屋敷に置いてった自分の服。ちゃんと持ってけよ」
「うっ……」
流石にマリーの屋敷に入り浸っているのが多いことは否定できず、アイリスの顔が珍しく強張った。彼女にも迷惑をかけているという自覚が一応あったらしい。
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