詰め込み作業Ⅳ
ユーキの目の前に開かれた本は、現在で三十二冊目。どれも初級魔法に関する本になる。
何故、同じような簡単な本を読んでいるのかと言えば、同じ初級魔法でも著者によって、内容にかなり差があるからだ。
つまり魔法学園で習得する汎用呪文と違い、人によって呪文が異なるので、そのことを一つずつ追って行くと火球の魔法一つとっても複数の本が出てくるわけである。
メリッサが本をいくつか並べるときに中級魔法の本も薦められたが、ユーキは左手で否定した。
「(どうせ読むなら、端から端まで全部網羅しないと気が済まない!)」
ゲームでもアイテムを全て集めたくなるのと同じように、魔法と言う名の知識もコンプリートしたくなってしまうのは仕方ないだろう。変なところで蒐集癖が出てしまうのは悪い癖だと思うが、いざという時に魔法の知識があれば、なんとかなるかもしれないのがこの世界だ。
特に魔法の「ま」の字も見たことがないユーキからすれば、この世界は知らないことばかり。基礎を広く、より深く知ることは、この世界の常識を知ることにも繋がるし、そうでなくても最終的に智の深淵を覗き込むのに必要な力となる。
一瞬、用意されて積み上げられている本に視線を動かす。
メリッサとのやり取りで何かを察したのかオースティンは、本を初級編の物から順に並び変えていた。この屋敷にどれだけの本があるかわからないが、かなりの冊数があるらしい。
ざっと見た感じでも脇に置かれた台車には既に読み終わった本が置かれているが、もう一台の半分にも満たない。
伯爵家のことを考えると数百冊は余裕であるのではないかと思えてくる。下手をすれば桁が違う可能性もあるが、流石に魔法学園の蔵書を超えることはないだろう。
次の本を選びながらユーキは首を傾げたくなった。
「(呪文だけじゃない。魔法陣や杖、薬品を使った様々な魔法の発動の仕方が存在している。どれも効率、威力、早さ、正確さ、様々な要因に言及しているのに、どこか違和感を感じるんだよな)」
また新しい本の内容を見ながら、いくつかの仮説を考えていく。
「(魔法使い同士での交流が少ない、わけはないか。自分の成果を相手に渡したくない――――なら本にする必要はない。そうなると、自分の魔法について広めたいけど、すべてを伝えると利用されるから捏造する、ってところか?)」
自己顕示欲が強いが、成果を奪われるのには我慢できない人間は、いつの世の中にも一定数いる。ユーキもどちらかと言うと、そういう気がないわけではない。
「(そういえば、魔法学園の教授のお誘いもあったけど、そんな政界並に殺伐とした世界だっていうなら絶対にお断りしないといけないよな)」
そんな気持ちで既に似通っているような説明の文章を読み飛ばしていると、ある文章が目に飛び込んできた。
「(――――合成魔法、ね)」
この国の魔法の主属性は火、水、土、風の四大属性。故に、それらを区分して魔法を扱うのが一般的だが、別の国では五大属性や六大属性として区分することも有るらしい。
しかし、それとは別に属性同士を合成して魔法を発動することも可能ではないかという試みがあったようだ。
結果は散々なものだったようで、二つの属性に魔力を割くならば、最初から一つの属性に絞った方がいいという結論に至っていた。時折、想定を上回る成果を挙げることも有ったようだが、大抵の場合は単一属性の方が威力が高くなるらしい。
「(ゲームとかみたいに合体魔法とか上手く発動できればいいんだけど、そうはいかないんだろうな)」
RPGや理科で培った知識を利用すれば、新しい魔法の発明や使い方を思いつくかもしれないが、まだ情報を把握しきれていない内に手を出すのは危険だ。頭の片隅に合成魔法のことを置いて、ユーキは本を読み進めようとする。だが、本を照らす光量が少なくなり始めていることに気付いて視線を動かす。
かなり集中していたようで、窓の外から夕陽が差し込んでいた。そう思うと、自分のお腹が急に自己主張を始める。
続きは後で読もうと、ユーキはメリッサへと視線を向けた。時間も時間だったので、すぐにメリッサも理解したらしく、フリップに「夕ご飯ですか?」と書いて見せる。
右手を上げて同意すると、大きな音もたてずに素早く部屋を出て行った。思えば、昼飯も食べずに本を読むのに集中していたが、それを考えると控えていた二人も昼食を食べていないことになる。
申し訳ないことをしたと思いつつ、ユーキは目を閉じて全身の力を抜けるように意識した。
この後、油断して寝てしまい、メリッサに文字通りたたき起こされるのは、また別のお話。
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