詰め込み作業Ⅱ
突如として提案された言葉に、疑念を抱きながらもユーキは右手を上げた。
「そうですか。それは良かった。これであの娘たちを悲しませずに済みそうね」
手を胸の前で一度叩くと、部屋の中に執事とメイドが二人入って来る。執事の方は初老の男性で白い髪をオールバックにしていた。
メイドの方は先ほど気が付いた時に目の前にいた女性だ。執事と並んでいるとわかるが、髪の色は白に限りなく近い銀色だった。
二人が頭を下げるとビクトリアは、すぐにユーキへと指を近付ける。
「この二人を一時的にですが、傍でお世話をさせることにします。便意がある時には執事を、食欲やのどが渇いた時にはメイドの方へ視線を投げかければ対応してくれます。執事はオースティン、メイドはメリッサです」
ビクトリアがオースティンへと視線を向けると、すぐに部屋の隅に置いてあった本を持ってくる。
そのままユーキの目の前に簡易的な机を置いて、本をその上にのせてページをめくる。その本の題名は「初級魔法基礎理論」と書かれていた。
「あなたがそのページを読み終わったら右下の端を見ると良いでしょう。メリッサがすぐにページをめくってくれます。戻りたいときは反対の左下を見れば大丈夫ですよ」
言うべきことは言ったとばかりにビクトリアは胸を張った。
ニヤリとマリーのような笑みを浮かべるが、彼女に比べると悪意の色は薄い。むしろ、純粋に良いことをやり切った感がある。
「それでは失礼しますね。流石にちょっと魔力を使い過ぎて疲れてしまったので」
欠伸を堪えながらビクトリアは、オースティンへと手を振って部屋を後にする。
このわずかなやり取りだけでかなり時間を要しているはずなのに、傍で控える二人は嫌な顔一つしない。
訂正、にこやかな顔過ぎて何を考えているかわからない執事と、ここまで人間は感情を抑えることができるのかという程、無表情なメイド。正直、居た堪れない気持ちになってしまうのは無理もない話だと思う。
そう感じながらも、それを振り切ろうとユーキは本の右下へと目線を動かす。すると空気が動き、ページが自然と捲れた。
視線を動かすとメリッサが本に杖を向けているところだった。
「(流石、宮廷魔術師の家に仕えるだけある。確か魔力で水や風を細かく動かすのは高度な技術だって話だけど、メイドさんでも使えるんだ)」
感心していることに気付いたのか。僅かにメリッサの顔が綻んだ。その紫の瞳がユーキの顔を映し出す。
彼女にとっては数秒にも満たない出来事だったが、ユーキはその僅かな時間をたっぷり数十秒味わっていたことになる。
「(いやいやいや、一体何を考えてるんだ。いきなり初対面の人に……)」
そう考えていると、メリッサはすぐに踵を返して後ろのワゴンのようなものの上で何かを用意し始めていた。
次に振り返った時には、彼女の手にはソーサーと紅茶の入ったカップが存在していた。
「(あ、視線が合ったから勘違いされたのか)」
変な意味にとられなくてホッとしながらも、ユーキはそれをどのように飲めばいいのか不安になる。
しかし、メリッサはそれを気にせずベッドへと腰かけると、ユーキの口へとカップから小さなスプーンですくった液体を近づけた。零しでもしたら大変なことになると慌てたのも束の間、まるでそのような患者の介護に経験があるかのように、絶妙な動きでスプーンを当てる。
不思議なことにゆっくりと、不快感無く口から喉を液体が通り抜けていった。爽やかな味と香りが僅かではあるが、緊張をほぐしてくれる。
長い時間をかけて飲み終えると、メリッサは胸ポケットからメモ帳を取り出し、ユーキへ向けた。
「『ローズヒップ。私のおススメ。飲みたかったらいつでも見て。あと、よろしく』」
走り書きではあったが、かなり達筆な筆記体で書かれていた――――と認識した。
満足したのか、メリッサはユーキの目の前にある本へと視線を移す。まだ最初のページすら読み終えていない。まだ仄かに香るバラの匂いにリラックスしながら、ユーキは驚異的な速度で目の前の書物を読み始めるのだった。
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