詰め込み作業Ⅰ
朝日が昇ったのだろうか。それとも、ずっと昼だったことに気付かなかったのだろうか。窓から差し込む光は先ほどまでなかったようでもあり、長い間あったようにも思える。
「き――――――」
目の前のメイドが何かしら話しているようだが、目の前の光景と頭の中で処理される情報に食い違いが存在している。
若い女性だというのに、まるで獣のような低い声で話してくるのだ。もちろん、彼女の銀髪の中から獣の耳が飛び出ているわけでもない。ただ、単純に自分の感覚がおかしいのだろう。
「そ――――――」
獣と表現するには失礼だろうと思い、別の表現を考える。所謂、映像をスローモーションで見ているときの声に近いだろう。いや、むしろそのものと言っても過言ではないかもしれない。
「(周りの時間が遅く感じる……?)」
自分の意識だけはハッキリしたまま、周りの動きだけがあまりにも遅く感じるのは気のせいではない。窓から入ってきた風に煽られたカーテンは徐々に波打ち、大きくなって舞い上がる。それでも降りてくる速度は、重力がないと思えるくらいにゆっくりだ。
「あ―――――」
――――あの、すいませんがどなたですか。
目の前の女性に聞こうとして開いた口からは、同じように重い音が飛び出てきた。
メイドにはどう聞こえたのかは定かではなかったが、話せる状態でないことは伝わったらしい。視界からゆっくりと歩いて消えていく。その背中を目線だけで追って、横たわっていた青年――――ユーキは一瞬で部屋の中を把握した。
「(この感じだと、ローレンス伯爵の家っぽい。でも、窓の外の風景がいつもと違う……)」
フェイと朝練に行くとき暗い中でもぶつからずに移動できる程度には慣れていた。そう考えると調度品なども以前見た物と違うような気がする。
結論から言うと、部屋は一回り大きく、高価そうな物品が並んでいた。
様々な絵や壺などが置かれ、ベッドには立派な花の刺繍が入っている掛け布団が下半身まで掛けられていた。
実際は数分しか経っていないが、ユーキにとっては、数十分の時間に感じる。そんな中、ドアから一人の女性が入ってきた。髪と同じ色をした水色のドレスを纏った女性は、そのままユーキの前へと仁王立ちすると口元に手を当てた。
真っ赤な燃え上がるような紅の瞳がユーキを射抜く。竦みそうになるユーキに向けて、彼女は指を向けた。
「私はビクトリア。マリーの母、ローレンス辺境伯の妻、と言えば、わかりますか?」
ユーキは初めて聞こえたまともな言葉に感動をしながら、どうやって言葉を返そうか悩んだ。
思考ができても体がそれに追いつかない。体が石のように重く感じるのだ。僅かに手を動かしたり、眼球を動かす分にはできるが、まともに歩くことすら今は難しいだろう。
数十秒、悩んでいたが、実際の時間は数秒に満たないはずだ。それでもビクトリアは、すぐに次の言葉をユーキへ放った。
「肯定するなら右手を、否定するなら左手、わからない場合は両手を上げてください」
ユーキは何とか右手を上げようと力を入れる。上げるというよりは肘がまっすぐ伸びてしまう形になったが、それでも意思は伝わったようだった。
「あなたは今、一秒が五秒や十秒といった長い時間に感じるような状態なのだと思います。どうですか? この際、ここで様々な魔法の本を読んでみるというのは」
一瞬、ビクトリアが言っていることに脈絡がなく、何を言っているのか理解できなかった。心の底から思ったことだったのだろう。表情に出ていたのか、ビクトリアはすぐに次の言葉を放った。
「意識の高速化、と仮に表現しますが、その状態ではまともに話すことも難しいはずです。人に合わせる必要のない読書ならば、時間の節約になります。その間にこちらで、その治療法を探しておきましょう。いかがですか?」
ビクトリアの説明にユーキはありがたいと思った反面、何故そこまでしてくれるのだろうかという疑問が残った。記憶が確かなら、ローレンス辺境伯はかなりの地位にいて、その奥さんであるビクトリアは凄腕の魔法使いだったはずだ。
騎士の爵位を貰ったとはいえ、貴族の底辺。ハッキリ言って庶民と大差ない。そんな相手にそこまでする理由にユーキは思い当たる節がなかった。
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