寸陰、日を跨ぐⅦ
焦りでサクラがギャビンを問い詰めようとするが、フランが袖を引っ張って止めた。
「今、焦ってもどうしようもない。それにすぐにユーキさんが死んだりするわけじゃないみたいだし、落ち着いて聞きましょう」
「その通りだ。少なくとも、命の危険はない。今はまだ、ね」
ギャビンはフランの言葉に頷く。
かなり落ち着きを取り戻しているようで、言葉の端々に感じられた刺々しい雰囲気も無くなっている。
「もし自分の意識が十倍の速さで物事を認識し始めたら、どうなると思う?」
「……さっき、そこの槍使いの兄さんが言った通りじゃない? 色々とできることが増えそうで便利じゃん」
マリーが腕を組んだまま片目でウッドの方を見る。
その横でフェイは首を振った。その目はマックスやビクトリアと同じように、悲壮感が漂っていた。
「そう都合よくはない。どんなに思考が早くなっても、肉体という重りがある以上、『早く動くには限界がある』ということですよね?」
「その通り。腕を上げようとすれば、ひたすらゆっくり持ち上がる自分の腕を見ることになり、どこで止めればいいかという判断が遅れる。自分が息を吸っているのか、吐いているのかもわからないような時間が続くんだ。思考に深く沈みたい時なら最適だが、日常生活でされたらたまらない」
突拍子もない話だが、桜たちも言っていることがだんだんと理解でき始めたようであった。同時に、その恐ろしさが背筋を這いあがってくるかのように鳥肌が立つ。
「つまり、ユーキはバジリスクを倒した時から、体感時間で何日も経っている、ということ?」
「……そうだ」
アイリスが端的にまとめると、ギャビンは唇を噛んで頷いた。
「私が覗いた瞬間。十分以上同じ景色を見せられていた気がする。もし外部からの衝撃で意識をこちら側に戻せなかったらと思うと――――」
「だから、あんなに取り乱していたんですね」
リシアもやっと理解できたのか。ギャビンの体験したことを考えると彼自身、とんでもないとばっちりを受けたように思えた。
「過去視を何故使おうとしたんですか? 使わなければこんなことには、ならなかったはずですよね?」
「――――以前、彼を治療したことがあってね。また何かあったのではと、要らぬ親切心を発揮してしまっただけだよ。褒められたことではないと私自身分かっている」
ギャビンが目線を落とすと部屋に沈黙が訪れる。
真っ先に破ったのはサクラだった。
「あの、それじゃ。ユーキさんは、ずっとこのままなんですか?」
「いや、そんなことはない。一時的にそういう能力が活性化して、先に肉体の強化が途切れてしまったのが原因だろう。そう考えれば、いずれ他の残った強化も解除されていくはずだ」
「だけど、その状態が長く続くのは、あまり良いこととは言えないんじゃないですか?」
フランが尋ねると複雑そうな表情を浮かべるギャビン。彼もギルドの診療当番に入っているので医療の心得はそれなりにはあるが、専門分野ではない。それこそ魔法学園の教授クラスでないと解決できない問題だろう。
「ふむ、では、こういう風にしたらどうかしら?」
周りの話を大人しく聞いていたビクトリアは指の前で小さく言葉を呟く。
そのまま、指をユーキの耳元へ持っていくと小さく音が弾けるのが聞こえた。瞼を薄く開けていたユーキだが、すぐに大きく開く。
「ユーキさん!? 良かった」
目を覚ましたことに喜ぶサクラだったが、すぐにユーキの表情が曇ったことに気付く。
何かを喋ろうとしているのか、口が動くが空気が漏れるばかりで、声が聞こえない。
「まぁ、落ち着きなさい。さっき聞いた通り、体が意識について来ていないようね。だから、こうして――――」
また同じように口元へ指を近づけて呟き、ユーキの耳へと近づける。
その指をユーキが目で追うが、音が弾けた瞬間、表情が明るくなり、微かに顔を上下に動かした。
「よし、ちょっとこの子。借りていくわ」
「「は……?」」
ビクトリアが軽々とユーキをお姫様抱っこすると、スタスタと扉に向かって歩いていく。
それに驚いたのはマリーとフェイだ。元々、色々なことをやらかす人ではあるが、それなりに理由があることが大半だ。その過程はぶっ飛んでいることが多いが、ひとつずつ確かめていくとまともなことが多い。
「ちょ、母さん!?」
「ビクトリア様、一体何を!?」
慌てて追いかける二人だが、ビクトリアは振り返ってにっこりと微笑んだ。
「お母さんね。家に連れて帰ろうと思うの。それじゃあ、マリー、フェイ。友人の皆さんと仲良くするのよ?」
そう言うや否や、有無を言わせずユーキを抱えて出て行ってしまう。
「な、な、な、何なんだよー!?」
わなわなと両手を震わせた後、マリーの声が宿の外まで木霊した。
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