寸陰、日を跨ぐⅠ
箒でゆっくりと舞い降りた女性は軽やかに大地に降り立つと、バジリスクがいた場所を一瞥してユーキたちの下へやって来た。
水色の髪に赤い瞳が、未だ燻る炎に反射して煌めく。一直線に歩んできた女性は、そのままマリーへと抱き着き、顔を胸に埋めさせて頭を撫でる。
「はーい。マリーちゃんの為に、お母さん張り切っちゃった!」
「な、何しに来てんだよ、母さん!?」
「マリー、この場合、来ていなかったら私たち死んでるんだけど……」
大声で叫ぶマリーをサクラが苦笑いしながら宥める。
天をも焦がす勢いだった炎を召喚した主に、聖女であるアルトすらも言葉を失い、口をパクパクさせる。そんな中、オーウェンたちを回収してきたマックスが声をかけた。
「来ていただけたのですか。ビクトリア様!」
「あら、マックス坊や。見ない内に立派になって」
旧知の仲のように声を掛け合うが、マリーの母の名前を聞いて、驚いたのがアルトとソフィアだ。
カタカタと顔を震わせながら、マリーの方へと向き直る。何かしらのショックがある中でも、ユーキの治療を止めなかったのは流石と言うべきか。
「あの、まさかマリーさんのお母様ってまさか――――」
「元宮廷魔術師だったりします?」
二人の言葉にマリーは頷いた。
「あぁ、あたしの父親はアレックス・ド・ローレンス伯爵。母さんがビクトリア。一応、ブリジット公爵家の御令嬢だったり、しなかったり……」
「ブリジット公爵家のビクトリアといえば、『紅』の称号をもつ大魔術師じゃないですか!?」
「うん。まぁ、だからあたしの立場を察してくれ」
げんなりした顔で、マリーは母親を押しのけて離れる。悲しそうに手を伸ばしながら引きはがされるビクトリアを見た多くの人は、こう思っただろう。特に父親を知っている者は特に、「あ、父も父なら母も母で親バカなのだ」と。
ため息をついたビクトリアは、片手にまとめて持った箒と杖で軽く地面を叩くと周りを見回した。
「それで? 王宮から緊急の緊急の連絡を受けて、ここまで飛ばしてきたわけだけど、状況を説明してもらえるかしら? バジリスクなんて、禁書庫でもかなり奥の書物でしか見られない危険な生物の筈よね」
「それに関しては、私の方から説明をさせてください」
ソフィアが進み出ると、ビクトリアはアルトを一瞬見て、すぐにソフィアへと目を合わせた。その眼光は娘を見るときと違い、冷ややかだった。
「聖剣グラム。聖教国の黒騎士ということは、そちらにいらっしゃるのは聖女様ね」
「お見通しでしたか」
「伊達に宮廷魔術師をやってたわけじゃないからね。一通りの知識は入ってるわ。それで? あなたたちの言い分は何かしら?」
――――下手な返答をしたらわかっているでしょうね?
聖教国の聖女を睨みつけられるのは、今まで潜ってきた修羅場の数が違うからだろう。傍から見てもソフィアが気圧されそうになっている。
ごくり、と唾を飲み込みソフィアは、今までの経緯を説明した。
勇者探しの旅の護衛としてファンメル三世の推薦で選ばれたということ。特にバジリスクに関しては、今回の勇者探しでは全くの想定外で、危害が及ぶとは考えていなかったということ。
一通り聞いたビクトリアは頷いた。その顔も剣呑なものから穏やかなものへと変化していた。
「なるほどね。まさか、こんなところに大規模に暗殺者を送るだなんて、国相手に喧嘩売ってるようなものだし、言っていることはわからなくはないわね」
「ご理解いただけて何よりです。しかし、危険に晒してしまったのは事実。申し訳なく思います」
「許せるかどうかって言われると、ホイホイ引き受けちゃったマリーちゃんにも責任はあるし、聖女様に責任を問うのも酷よね。一旦、この件は保留にさせて。落ち着いた場所で話がしたいのだけど――――村も燃やしちゃってるから、そんな場所はないわよね」
杖を二度三度と地面へ小突かせる。すると一陣の風が吹いて背後の炎を消し去っていく。その一方で、遠くでまだ燃え続けている村は、収まることを知らないようであった。
「ま、作戦としては上々なんじゃないかしら。結果論ではあるけれど、被害は少なそうだしね」
そんなことより、とビクトリアは横たわるユーキへ視線を向ける。
「私が辿り着く前の攻撃。まさか彼が?」
その顔はおもちゃを見つけた子供のように純粋な笑顔だった。
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