騎士への道のりⅡ
食堂でご飯を食べているとマリーが唐突に話しかけてきた。
男勝りで活発的だが、それが悪戯方面に向くのが玉に瑕なお転婆娘。ただ、学習に関しては努力しているらしく、彼女の口から飛び出て来たのはレオ教授の論文についてだった。
「そういえばさ、さっきのレオ教授。最近、また変な論文を発表したらしいぜ。何でも、『マナの受動励起とその非魔法的運用について』だとか」
「難しい言葉ばかり使ってるけど、要は何て言ってるんだ?」
ユーキが首を傾げると、マリーは既に論文を読んでいたらしくスムーズに内容を噛み砕いて話し始める。
「つまり、さっきの授業で言っていたようにオドを浸食したマナは、魔法の発動指示に反応しないエネルギー体だ。でも、そいつはあたしたちが使う魔法とは、違う体系に組み込んで扱えるんじゃねえかっていう内容らしいぜ」
「なるほど、だったら精霊にでも代わりに使ってもらえばいいんじゃないか? マナっていうのは自然界の精霊が扱う魔力なんだろ?」
「精霊が、私たちの望む魔法を、使ってくれるとは限らない。そもそも、精霊と契約できる魔法使いは、珍しい」
アイリスが現実的な意見を投下する。ユーキたちよりも年下だが、飛び級しているだけあって、マリー同様にわかりやすい。
この世界には精霊種という、マナの塊が意思をもった生命体が存在する。しかし、マナは豊富な自然体の中で生成されるため、精霊種が誕生したり、遭遇したりするのは、よほど運がないとできない。また、同時に精霊種に気に入られない場合は、姿すら現してくれないこともよくあるそうだ。
「うーん。魔力を見て探し出しても、姿を消されちゃうと見えないからなぁ」
サクラがフォークを口から離し、宙を見つめて呟く。その言葉にユーキは頭を殴られた気分になった。
「待ってくれ。みんな魔力が見えるのか?」
「あん? 当たり前だろ?」
「もちろん、基礎中の基礎。あ、このサラダおかわり」
ユーキの中で焦りが大きくなる。それを知ってか知らずか、アイリスは無邪気にサラダのお代わりを注文する。
「じゃあ、みんなにはどんな風に魔力が見えるんだ?」
ユーキの気迫に押されたのか、一瞬顔を見合わせる三人だったが、マリーが最初に答える。
「マナには属性があるのは、さっきの講義でやったよな? でも、基本的に混じり合っているから基本は無色。オドと混合して、使いたい属性の魔法へと励起させた瞬間に色がつくんだ」
火は赤へ。水は青へ。風は緑へ。土は黄へ。励起した属性に対応した色へと変化するという。ただし、風は他の属性に比べて、見えにくいのだとか。
マリーの言葉に二人が頷くのを見て、ユーキの全身から血の気が引いた。
今までユーキは魔眼であらゆる物質が様々な光を発している世界を見ていた。それを物質の性質を表していたり、魔力を表している光だと思っていたのだ。
(――――俺は今まで魔力を魔眼で見ていなかった? いや、何か違いがあるはずだ)
一瞬、思考の海に埋没しかけたユーキだったが、すぐに我に返る。
「オドは、どんな感じで見えてるんだ?」
それに対してはアイリスが答えた。
「オドは人間の生命力。どんな属性でもないから色なんてつかない」
ユーキの中で様々な推測が並び立ち、崩れては再構築される。
(魔力属性の色はいいとしよう。だけど、オドは俺の魔眼ではっきりと色を認識できた。どこまでが魔眼で、どこまでが普通の肉眼の視界なんだ?)
あくまで自分の中で考えをまとめることができず、ひとまず頭の片隅に投げておくことにした。この問題は夜にでもじっくり考えればいいことだろう。
「そうか。あまり考えずにやってきたから、そういったことも勉強しないとな」
「あぁ、今日は補習だったから出る幕はあまりなかったけど、ちゃんとした講義に入ったら、このマリー様に任せときな」
「今日はこれで終わりだから、来週の頭からはよろしく頼むよ」
空笑いで答えるユーキに、男気溢れるマリーは堂々と自分の胸を叩いた。その勢いで大きな胸が勢いよく揺れる。
思わずユーキが目を逸らすと、ジト目のサクラと目が合った。
「なんか、変な目でマリーを見てなかった?」
「いや、それはたぶん気のせい」
「ほんとにー?」
片手を振りながらサクラに答える。それを横目にサクラは頬を膨らませながら、スプーンでデザートを放り込んだ。こういった手合いの話は苦手だと言わんばかりに、心の中でユーキはため息をつく。
そんな最中、アイリスの声が食堂に響いた。
「あ、これ、おかわり」
「「まだ食うんかい!」」
マリーとユーキのツッコミが食堂に響いた。
昼食後、サクラたちとは別れ、ギルドの依頼を確認に向かったユーキは、外壁の外の森におけるゴブリン討伐の依頼があったことを知る。
体調も回復したこともあり、自身の新たな攻撃手段である魔力の弾丸を放つ魔法――――ガンドを試すためにも依頼を受注してみることにした。
さっそく、森へ分け入ってみたが、すぐにゴブリンの姿を見つけることはできない。
「もしかして、他の冒険者に狩られた後かな? まぁ、こんな田畑の近くに出るんだったら、すぐにでも排除したくなるのは当然だよな」
そう独り言を呟いて、茂みを進む。少しばかり開けたところに出た瞬間で、葉の擦れる音と共に上から奇声が聞こえた。瞬き一つで魔眼に切り替え、剣より先に指へと力を籠める。
「ぎひいっ!」
「――――ガンドッ!」
木の上から跳びかかってきたゴブリンが、棍棒を振り下ろす。しかし、ユーキはその前にガンドで頭を撃ち抜いた。そして、そのまま――――
「ガンドッ!」
「ギャヒッ!?」
――――後ろから現れたもう一体に同じように腹へ撃ち込む。
そして、さらにその後ろから追撃する個体にも一発放つ。魔眼には青紫色のオドと無色のマナが混合する瞬間が一瞬映った後、光の尾を引く閃きが一条の軌跡となって網膜に焼き付いた。
王都オアシスを襲ったグール事件から数日経って気付いたことだが、ユーキのガンドはかなり使いやすくなっていた。威力調整、命中力、そして連射力に速度。あらゆる、ガンドの性能が向上していると言ってもいい。少なくとも、今の状態ならばアーケードゲーム機の拳銃を撃つように、素早く撃てる自信がユーキにはあった。ただし、一点だけ、威力の最大値だけはどうしても上がっていなかった。
(そもそも、こんな奴らに城壁をぶち抜くような威力は必要ないけどな……)
ユーキは腰の剣を抜いて、ゴブリンを刺し殺し、抵抗のないうちに無力化する。どちらもガンドを喰らって昏倒していただけなので、確実に首を刺して仕留めるようにした。
「ガンドの試し撃ちには、ちょうど良かった。できるだけ、自分の力には慣れておかないとな。せめて、ガンドなんて言わなくても放てるくらいにはならないと使い物にならなそうだ」
折角の不可視の弾丸も、発射の声を紡ぎ出せば効果は半減だ。魔法を使うことへの慣れが必要であることは明らかである。
ゴブリンの右耳を切り取って、革袋に詰める。その作業をしていると、どこかから声が聞こえて来た。
『――――けて』
「何だ。誰かいるのか?」
剣を構えて周囲を見渡すが、何も見つからない。
『――――助けて』
鈴の音のように頭に声が響く。どこからか声が発せられているのではなく、直接頭に響くような感覚だった。
思わず頭を手で押さえた瞬間、視界の左端から青い閃光が飛来した。
「なっ!?」
あまりの速さに反応できず、そのまま胸を撃ち抜かれ、ユーキは後ろに倒れる。息が詰まり、声が出ない。
「――――んあ?」
てっきり、攻撃を受けたと思っていたユーキだったが、胸を触ってみても革鎧には穴一つなかった。
後ろに倒れた際に背中をぶつけた痛みくらいで、胸には何の感触も残っていない。息苦しく感じていたのも、自分の想い込みだったようだ。
「……幻覚か? この森に入る度に、変なことになるな。ここで依頼を受けるのは、やめておいた方がいいか?」
そう言いながらも起き上がり、せめてゴブリンの討伐依頼の規定数を何とかしようと奥に進む。魔眼には緑色の光の中で、微かに黒い光が見え隠れしていた。前方木の上に六体、地上の左右に四体ずつの八体。確認を終えたユーキは一度、深呼吸をして息を整える。
未だ、生物を殺しなれない自分を何とか奮い立たせる。すると、頭の片隅に撃鉄を上げる音が響いた。指先に魔力弾を形成、さらに右手内部に次弾のための魔力を装填する。
(今の連射可能数は四発。次の連続発射までの装填時間は三秒。上の敵を撃ち落として、後退しながらゴブリン共を討伐する!)
右腕を上げ、一呼吸のうちにガンドを放つ。周りの木の葉を縫って飛来したガンドがゴブリンの体を貫いた。最初の四発は時間をかけて装填したので、体の向こう側まで貫通する。数体は頭蓋骨によって弾が逸れた者もいたが、木から落ちた衝撃で致命傷を負ったらしく、動く気配がない。
「ぎひ――――がぁっ!」
地上にいたゴブリンがやられた味方に気付き、吶喊してくる。
ユーキはすぐに後退をしながら木々を背に回り込んで逃げた。万が一、矢を射られた場合の対処だ。ゴブリンは棍棒以外の武器を使うことはないと言われているが、この世界で初めて訪れた村で毒の塗られた矢に襲われたことをユーキは忘れていない。
魔力の装填が完了すると同時に、近いゴブリンから撃ち抜いていく。何体かは狙いを外したり、手にあった棍棒に当たったりして、命中率は半々と言ったところか。
首だけで振り返ると六体ほどが追ってきている姿が確認できる。半分以下に減ったので、後退する必要がないと判断して、その場で次弾装填しながら残りの六体を処理することにユーキは決めた。
ガンドでゴブリンの先頭から順番に狙い撃つ。ゴブリンも指の先にいることが危険と判断したらしく、木の幹を盾に立ち回ろうとしてきた。しかし、そんな行動をとる前に、三体が頭や胸を撃ち抜かれて昏倒する。
「ぐぎっ!」
魔力を装填する間に一体が近くに接近したため、ユーキは剣を握る手に力を籠めた。左手で逆手に持って、あくまで剣は防戦用の盾替わりと割り切って扱う。棍棒が剣に触れて、迫り合っている状態から指を相手に向けた。
「――――ガンド」
押し込もうと躍起になっていたゴブリンは、そのまま数メートル吹っ飛んで、木に叩きつけられた。舌を口から伸ばし、血の混じった涎を垂らして気絶したようである。
そのままユーキは剣を順手に持ち替えて、残り二体の一方を威嚇しながら、もう一方へガンドを放つ。眉間と喉元に二発直撃して、声を出さずに崩れ落ちた。
最後の一体も同様に二発放つと、胸に着弾して倒れ伏した。完全に沈黙したことを確認し、ユーキはゴブリンの首へと剣を突き刺していく。
「悪いな。許せとは言わない。これが俺たちの正義なんだ」
右耳を切り取って、革袋に詰める。血の匂いがあまりにも酷い。
これからは薬草採取用と討伐確認用で袋を分けておかないといけない。そんなことを考えながら辺りを見渡す。森の木々から放たれる緑色の光以外、何も見ることはできない。一先ず、敵は近くにいないと判断して、ユーキは踵を返した。
(結局、この魔眼は何を見ているんだ?)
そんな疑問を胸に、魔眼を閉じて来た道を引き返す。
まだ、これからやるべきことはたくさんあるのだ。お金を稼ぐのも魔法を勉強するのも、すべては元の世界へ戻るため。本来の森の緑の隙間から見える青い空を見上げて、ユーキはまっすぐに前を向いた。
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