真紅と紺碧の閃光Ⅴ
まるで往復ビンタでも喰らっているかのような一方的な攻防ではあるが、その実、追い詰められているのはソフィアだった。
「(身体強化に魔力を全部回しているけど、それでも石化の魔眼を完全には無効化できない。おまけにこの状態で活動できる時間も長くはない。残り三十秒保てば良い方だが――――!?)」
巨大な咢を一メートルほど横に避けて聖剣を振り抜くが、先ほどと全く違う感触が手に返ってきて体が固まる。
「(――――フェイント!?)」
バジリスクも馬鹿ではない。咄嗟にソフィアが飛んだ方向と逆に体を動かしてダメージを軽減。そのまま開いた口をソフィアへと向ける。
「何のこれしきっ!」
迎え撃とうとするソフィア。しかし、その牙が彼女に届く前に口内から紫色の液体が噴射された。
避けてから攻撃を加えるカウンターで対応していたおかげで、光雲にもすぐにソフィアは飛び退くことができた。だが、先ほどまで自分がいた場所を見てぞっとする。
「地面が溶けている!?」
紫色の蒸気を上げながら地面は腐った沼地のようにドロドロと陥没していた。人間が喰らっていたら、一瞬で骨まで溶かされてしまうかもしれない。
蛇の毒は本来、獲物を殺して捕えるためのものだ。だが、バジリスクの場合は石化の魔眼がある。それ故に毒は自らに反抗する敵を倒すために特化し、致死性が高いものを保有しているのだろう。
危険な相手には石化からの致死毒を、獲物には石化から胃袋への直行便を。どちらであっても悲惨なことには変わりない。
ソフィアは毒の噴射に対応できる位置へと距離を置こうと後ずさる。それが時間制限のある自分にとって悪手であるとわかっていても、そうせざるを得なかった。
「跡形もなく消し飛ばすだけの火力をあのグラムはもっていない。今のソフィアには倒すことはできてもこの土地は救えない。どうしたら――――」
アルトが援護しようにも、バジリスクを消滅させるという手段がない以上、何をしても詰みに向かう。
しかし、最悪の事態と言うのは膠着状態の時に起こるものだ。
咆哮の後、バジリスクはソフィアではなくマックスに向けて進撃を始めた。彼自身も自らの体にかかる負荷を感じて、背後に敵が迫っていることを察知していた。
「マックスさん! バジリスクが!」
「わかっているっ!」
サクラが半狂乱になりかけながらも叫ぶと、マックスも足を必死で前に動かす。レナが震える腕で援護射撃を行うが、狙いはブレ、引く力が足らず、残った右目に当たるどころか、鱗に弾かれて物ともされない。
マックスのすぐ背後まで迫ったバジリスクだったが唐突に動きが鈍る。それはまだ地下に埋もれている下半身が氷漬けになっていることで上手く動けないからであった。ウンディーネの必死な足止めが功を奏し、追撃は間一髪のところで止まった――――かに見えた。
バジリスクは体をうねらせると、地面ごと残っていた尾を引っ張り出し薙ぎ払う。
「――――くっ!」
「――――がっ!」
先程のユーキが砕いた岩槍の瓦礫以上の猛スピードで、岩の塊の散弾がソフィアを襲う。何とか聖剣でそれを両断するが、それだけではすまなかった。残っていた瓦礫のいくつかは、不運にも背を向けて走っていたマックスの背中へ直撃してしまう。
走っていた勢いのままマックスは前に投げ出され、サクラたちを放り出して吹き飛んでしまった。
もはや、バジリスクを拘束するものは何もなく。足をもがれた蟻のように地に伏す人間が残るのみとなった。
何とか意識を残していたサクラは、マリーとアイリスに手を伸ばして抱き寄せるが、その体に痛みが走る。
「あ……あ……」
バジリスクの魔眼がサクラを捉えていた。離れているのにも拘わらず、その黒い瞳に自分が映っているのが見えるのではないかと錯覚するほどに、見入ってしまう。
呼吸が浅くなり、肺も心臓も止まってしまうのではないかと思いながら、バジリスクの口が開かれるのを呆然と見ることしかできなかった。
恐怖、絶望、無力感の塊が自分の許容量を超えたのだろう、自然と涙があふれ出ていた。
「タス、ケ――――」
その言葉が言い切られることなく、彼女たちへ鋭い毒牙が襲い掛かった。
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