真紅と紺碧の閃光Ⅲ
「――――ユーキ」
先程まで黙って魔法を使っていたアイリスが声を絞り出す。
「どうしたんだ。アイリス」
「もう、無理……!」
――――ミシッ!!
その音はどこから聞こえたかはわからない。地面かもしれないし、氷の中からかもしれなかった。
ユーキは地震の本震が来る前に、家などが軋む音を立てるような瞬間を思い出した。
「なん……だ!?」
敵も味方も肌を突き刺すような感覚に動きが止まった。後ろを振り向けば死神が鎌を振り下ろすのではないかという錯覚に襲われる。
その感覚は間違いではなかった。数秒の沈黙の後、轟音を立ててバジリスクの頭が閉じ込めた氷の中からではなく、ユーキが吹き飛ばした岩の槍の真下から現れた。
幸いにもバジリスクは氷に閉じ込められていたことが影響してか、頭部を地面に投げ出して動こうとしない。
「野郎ども撤退だ! 後はこの蛇に任せて、高みの見物だ!」
「了解!」
ソフィアに執拗に攻撃を繰り返していた男が、大声で部下を呼び集めて引いていく。
夜の闇に乗じて姿を眩ませるのは、この手のケースではよくある方法だ。おまけに煙幕まで張り、万が一のことを考えているところは、手慣れているという他ない。
流石のソフィアもアルトを置いて追撃などできるわけがなく。バジリスクからアルトを隠すように立ち塞がる。
だが、バジリスクの残った瞳は、逃げようとしている暗殺者たちへと向けられた。
「ぐ……がっ……体……が……!?」
まるで重力魔法を使ったかのように男たちの動きが鈍くなっていく。
化け物を前に逃げようとするのはわかるが、人間のような思考を持たない魔物であろうと油断しない方が賢明だったに違ない。背を向けて走り出せば、回避方向が限られる上に、真っ先にバジリスクの興味をひいてしまうだろう。
「アレが、石化の魔眼の威力……!?」
アイリスが小さく驚きの声を上げる。
石化の魔眼とユーキは本で読んだが、どうもこのバジリスクの瞳は体の構成を石に変えるのではなく、体の動きを何らかの方法で阻害するものらしい。
暗殺者たちは足をもつれせて、地面へと倒れ込んでしまった。ユーキの魔眼には広範囲に紫と黄色の光の波が駆け抜けていくのが映っている。
恐怖に固まり、様子を観察していたユーキたちだったが、次に狙われるのは自分だと思うと、更に恐怖が襲い掛かってくる。その事実を前に、逃げ出すべきかどうかという思考すら固まってしまい、決められないでいた。
『動かないでください』
ウンディーネの言葉が響くと、バジリスクの恐怖に極限まで高まっていた緊張感が悲鳴を上げて、喉から飛び出てきそうになった。
かろうじて飲み込むとウンディーネの言葉が続けて響いてくる。
『今、周りを水の魔法で包みます。あと、残った力で再度、体を凍らせようとしていますので、耐えてください』
「そんな……もう、体が抜け出ているのに、もう一度捕獲するなんて無理だよ」
『いえ、まだ半分は地面の下で凍らせることができています。体もだいぶ冷えているせいか、先ほどのように動けるのはあと数回程度でしょう。魔眼に囚われないことだけ考えていてください』
そう言うとオーウェンの周りに現れた物と同じような水球が、ユーキたちを包む。
「アルトさんたちは!?」
『大丈夫です。聖女の幻覚魔法で今度は自分たちの存在を知覚させないようにしています。大きく動いたり、魔法を使わない限りは見破られないでしょう』
「魔力はもつのか?」
マリーの言葉にウンディーネは沈黙で返した。
バジリスクが冷えるのが先か、それとも聖女の魔力が枯渇するのが先か。いずれにせよ、一瞬も気が抜けない状態なことには変わりない。
水流の向こうで僅かに燻っている火がバジリスクの体を照らしだす。光り輝く鱗の中でひときわ目立つ、頭をめぐるように白い水滴状の鱗があった。小さき王の異名を表す特徴が目に入ると頭が痛くなる。もはや腕も足も目も脳もあらゆるところが痛みを訴え、呼吸することもままならない。
そんな中、またユーキはどこからか小さく音が響くのを耳にした。
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