火を避けて水に陥るⅡ
地響きが天井からしなくなった。
交互に積み重なった柱や瓦礫を押しのけようとする音が何度か響いた後、短く重い音が響く。地下の貯蔵庫から人影が現れる。
「さて、俺たちも動き出すか。嬢ちゃんたち、頼んだぞ」
「ま、任せてください」
大柄な男に怯えながら、フランとリシアも姿を現した。
「しっかし、ありゃ魔物なんてレベルじゃないな。バケモノだよ、バケモノ」
もう一人の村人は瓦礫の上を駆け上がると直ぐに戻ってきて身震いした。遠くであっても、その恐ろしさは十分に分かったらしい。
「これで俺たちは完全に後戻りできん。だから、絶対に成功させろよ」
「は、はい」
畑仕事と狩猟で培われた純粋な筋肉による巨体から威圧を受けながらも、二人は頷いた。
返事を聞いた村人は右手に持ったモノを大きく掲げた。
それを合図に他の崩れた家だけでなく、無傷の外周の家から同じような反応が上がった。
彼らの手に握られているのは松明。それをあろうことか目の前にある物へ近づけていく。
「あばよ。俺たちの村! せめてバケモノを苦しませてやれ!」
村では貴重な油すらも使い、一気に火を起こしていく。まだ、無事な家では残った古着などを火種にして着火。まだ、残った民家へと村人が急いで駆けこんでいく。
燃えているのは家だけではない。村の彼方此方に伐採されて並べられた木材や薪が積み重ねられ、そこにも火が灯っていく。
「中年親父をこんな走りまわらせるとは、成功しなかったら、ただじゃ置かねえからな」
「まぁまぁ、おやっさん。少し頑張れば終わりだから頑張れよ」
物陰から物陰へ。バジリスクの視界に入らないように移動する。小さい頃は悪ガキとして駆け回った知識を大人になってからも発揮するとは、村人たちも夢にも思わなかっただろう。それをフォローするかのようにウッドやフェイも松明を両手に駆け回っていた。
ウッドに至っては体の至る所に松明を巻き付けて、走りながら着火し、ほぼ同時に民家へと投げ入れるという放火魔も真っ青な動きだ。
火をつけるだけなら魔法でも可能だったが、それを最初に使ってしまえば魔力に反応して悟られてしまう可能性がある。それならば原始的な方法で火をつけて、一気に囲んで、最後の一手に魔法を使えばいい。
「傷をつけずとも、追い込むことは可能か。こんな追い込み猟、一生に一度あるかないか。楽しくなってきたぜ」
多くの村人が火をつけて回る中、流石にバジリスクも周囲の異変に気付いたのか。鎌首をもたげて周囲を見回す。まだ火の周りは遅く、遠くに黒煙と僅かな火がチラつくのみだ。
しかし、その焦げ臭さにバジリスクは嫌な予感を感じたのだろう。舌をしきりに出し入れして、周りの状況を探り始める。そんな中、不意にそよ風が森の方から吹き始めた。
「ゆっくり……悟られないように……広く……」
リシアが自分に言い聞かせるように杖を握り込む。火種になった炎を広げるべく、町全体に風を送り込む魔法を使用していた。正確に言えばアイリスやオーウェンが水に魔力を通して操るように、空気に魔力を送り込んで風を起こしている。
言葉にすれば簡単だが、その魔法はかなりの技術を要する。水のように見えるわけでもなく、形として捉えにくいものを操るのは火・水・風・土の中で最も難しい部類に入る。
「まさか、レナの実家でやった鍛錬方法がこんなところで使えるなんてね。世の中何が起こるかわからないわ、ね」
崩れた瓦礫の間から、家の隙間から、至る所から風が入り込み火を煽っていく。そして、本来ならば数分かかるはずが、数十秒もすると瞬く間に火柱へと変わり果てる。
「じゃあ、フランさん。後はお願いしますね」
「ほ、本当にやるんですか?」
「はい、お願いします」
涙目になりながら、いくつかある見張り台の内の一つに登ったフランは、大きく息を吸い込んで杖を前に向けた。一度目を瞑って、フランはユーキに言われたことを思い出す。
「この作戦の肝は早さだ。いかにしてバジリスクを火で囲い込むことができるかにかかっている。だから、無茶を承知でお願いする。前にダンジョンで起こったことを考えると危険だけれども、今は首にあるそれもあるし、この役目はフランにしか頼めない」
首元に巻き付いたネックレスをなぞりながら、胸元のルビーへと指を這わせる。
「大丈夫。このルビーにはまだ大量の魔力があるし、魔力の操作もたくさん練習した。前みたいなことにはならない」
目を見開くと杖を掲げてフランは詠唱を始めた。
「『燃え上がり、爆ぜよ――――』」
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