騎士への道のりⅠ
冒険者ギルドの一室で、ある男が座っていた。
異世界からの訪問者、名を内守勇輝。この世界に来る過程で謎の魔眼をその身に宿し、この不可視の魔力を放つ魔法「ガンド」でグールを撃退した男であった。
「すいません。コルンさん。先日は無理なお願いを聞いていただいて……」
「構いません。そもそも、こちらとしては屍人の件で助けていただいてます。冒険者ギルドとしては、できるだけ活躍した者の意向に沿うように対応するのが当然です」
ユーキの冒険者ギルドの登録に携わったコルンが対面へと座り、応対する。銀髪の前髪がかかった眼鏡の奥で瞳が輝く。今まではカウンター越しだったので気にしなかったが、女性職員の制服はミニスカートで、座っていると中が見えそうで気が気でない。
幸か不幸か、途中で何度か頭の耳が小刻みに動く方がユーキとしては気になっていた。ただ、ずっと見続けているわけにもいかず、ユーキは話を続ける。
「俺が事件を解決したことを口止めしていただいているおかげで、変な勧誘も受けずに済んでいます。本当に助かりました」
「この件に関しては、ミスター・フォーサイスの助力もあります。国王陛下に話を通して、叙勲式も城内の人間のみしか知らないことになっていますから」
「はい。ルーカス学園長には今度会った時に、直接、お礼を言うつもりです」
コルンの言葉に頷いて、ルーカス・フォーサイスのことを思い出した。魔法使いギルドの長にして、魔法学園の長も兼任する老人。先日、事件の功労者として呼ばれた時に騎士団を除いて人がほとんどいなかったのも、彼が裏で手を回したからだった。
「そして、もう一つの件ですね。残念ながら、この件は各ギルドの長には話が通っています。故に、各ギルドからも冒険者ギルドを仲介しての登録ではなく、直接の登録をしていただきたいという話が来ています」
冒険者ギルドでは各ギルドの仲介役として依頼を出している。もちろん、各ギルドの中での専門知識が必要となるものは、それぞれのギルド本部で出されることになっていた。その数多くあるギルドの中でも、冒険者ギルドを設立するに至った六大ギルドが存在する。
物理兵装戦闘職を基軸に、護衛や魔物討伐を主とし、時には騎士団への入団を推薦する騎士ギルド。
魔法使い・錬金術師を主軸として、魔物討伐からマジックアイテム作成まで幅広く行う魔術師ギルド。
商人たちが仕入れや情報交換、さらには農民たちの食糧生産の向上方法の模索を目的にした商会ギルド。
鍛冶屋などの一般製品を扱い、技術継承・性能向上を目的とした職人ギルド。
様々な宗教を統括。異教間や宗派間での争いを仲裁し、民への治療や利益還元を目的とする教会ギルド。
噂では要人襲撃から他国への諜報まで、表沙汰に出来ない仕事を行っているとされる暗殺者ギルド。
これらのギルドが王都オアシスひいてはファンメル王国の治安と経済を握っているといっても過言ではない。
そんなギルドの一部とはいえ、様々な思惑が交錯するところに、まさか自分が関わることになるとはユーキも思っていなかった。
「その件に関しては、今のところ魔術師ギルドとのみにさせていただきます。依頼も薬草採取が主になっているので、理由としては問題ない――――ですよね?」
「わかりました。では、各ギルドへは連絡をしておきます」
メモを取った後、コルンは微笑んだ。
「しかし、本当に驚きです。この若さで叙勲レベルの働きをするとは、ほとんどありえないことですよ」
「いえ、前にも言いましたが偶然です。これからも、薬草依頼を主軸に少しずつ魔物を討伐していくだけで、他の駆け出し冒険者とやることは変わりませんよ」
「――――『冒険の最中に冒険をするなかれ』。その言葉を実践する冒険者も最近は減ってきています。そういう意味では、我々としては非常にありがたいです。そして、同時に歯がゆくもありますが……」
依頼を確実にこなせる実力の冒険者は貴重なため、ギルド側としては冒険者に潰れてほしくない。だが、同時に大切に囲いすぎて、価値を引き出せないのも問題だ。その匙加減を測るには、まだ十分とは言えなかった。
「では、討伐依頼を複数紹介させていただきます。お時間がある時で構わないのでお願いしますね」
脇に置いてあった羊皮紙をいくつか渡される。その中には「野犬」、「ゴブリン」、「オーガ」の討伐依頼が書かれていた。目的達成には、それぞれの生物に設定された体の一部を持って帰るか。商会ギルドの剥ぎ取りを生業とするものに証明書を発行してもらい引き渡すかである。
超大型の魔物――――ドラゴンやらオーガやら――――とは戦う気もないので、十分ではある。
「わかりました。当分は午前中に魔法学園の授業、午後は薬草採取という形で生活していますので、よろしくお願いいたします」
「最近は安定して良質な薬草が送られてきて助かる、と魔術師ギルドの方からお話を伺っています。ぜひ、魔術師ギルド本部にも顔を出してあげてください。魔法学園を出てすぐの所にありますので、時間もかからないと思います」
「わかりました。今度行ってみたいと思います。今週の休日には討伐依頼も一つくらいは挑戦するので、またその時に、よろしくお願いいたします」
そう言ってユーキは席を立ち、コルンに一礼して部屋を出ていく。コルンは笑顔でユーキが出ていくのを見送った。
ユーキが次に向かったのは、魔法学園である。学園長からの厚意で、無料で授業を受ける権利が与えられているので、それを使わない手はない。異世界から帰還するための手がかりを探すためにも、さっそく出席するつもりでいた。
「――――以前も言ったと思うが、この際に使うマナの四大元素とは物質的な話をしているのではなく、あくまで状態を分類したものに過ぎない。すなわち、『熱いと冷たい』、『乾いていると湿っている』。この二つの要素で四つに分類している。火は熱くて乾燥していることを示し、水は逆に冷たくて湿っていることを表す。あー、そこの一番前の席の――――そうそう君だ。風はどんな性質だったか言ってくれ」
「か、風は熱くて湿っている……に入るかと」
「そうだ。よく風は涼しいイメージがあるが、四大元素上は熱い性質に分類される。火を起こしたり、太陽で地面が熱くなると上昇気流が発生する。その際に、水分を含んで空にて雲を作る。そう考えれば、この分類も理解できるだろう。ほら、ここは前回のテストで間違えた奴がいるから、しっかり覚えとけ。最低、火、水、風を覚えとけば土は消去法でなんとかなる」
だるそうに黒板にチョークで講義をする教師が解説をしている。ユーキは邪魔にならないように真ん中の列辺りの席で聞いていた。周りを見渡すと、両脇に三人の少女が座っている。
隣にいる黒髪の少女がサクラ。ユーキと同じ日本人のような容姿で、この世界の日ノ本国という国から留学に来ている学生だ。反対側に座っているのは水色の髪の幼い少女、アイリス。飛び級の天才少女らしく、一度受けたはずであろう講義を真剣に聞いていた。最後にサクラの向こう側に座っている短い赤髪の少女、マリー。辺境伯の娘でアイリスとは逆に退屈そうに頬杖をついていた。
その他に講義を聞きに来ている生徒は、前に座っていて指名された女学生とその反対側で肘をついてメモを取っている男子生徒だけだ。今日の科目は「魔法基礎理論(補修予備)」である。いきなり正規の授業に入るのも、人が多くて目立つので、補修からの参加にしたのだ。講義を受ける前にサクラたちにも理由を話すと、ユーキのために一緒に来てくれることになった。
「おし、じゃあテストで満点者が少なかった問題な。『なぜ魔法使いは杖を使用するか説明せよ』だ」
顔はだるそうにしているが、魔法超初心者のユーキでも理解できるほど上手に解説していく教師。こちらの世界に来る前のユーキと、ある意味で同業者ということもあり、授業の構成や話し方の上手さに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
マリーの情報によると、魔法学園の教師の多くは研究したいがために所属していることもあってか、授業や補習などの時以外は滅多に姿を現さない変人ばかりらしい。確かに前にいる教師は、ぼさぼさの金髪に眼鏡をかけて無精ひげを生やしている。その点においてはユーキの考える教師像からはほど遠く、マリーの言わんとすることもわからなくはなかった。
なお、一部の女子生徒には、人気があるというのだから世の中は不思議なものだ。
「『杖を使うのは、魔法効率が上がるから』。これは事実だが、説明が足りない。オドは単体で空気中に存在する場合、マナに侵食される特性がある。杖は人間の肉体よりも侵食を防ぐ効果が高く、オドとマナの侵食ではなく、混合をスムーズにするからだ。じゃあ、そこのダルイ系男子。侵食と混合の違いについて発表。――――わからないなら言葉から感じるイメージでも構わん」
指名された男子生徒は言われた通り、だるそうに腰を上げた。茶髪の頭がユーキたちから見えた。
「あー、混合っていうと混ぜ合わさって、どっちも存在しているって感じだけど……。侵食はどっちかが消えてなくなってるような感じで……」
「はい、その通り。いいイメージだ」
手をわちゃわちゃさせながら説明していた生徒に、教師は杖で空中に花丸を描く。
「侵食というのは、オドがマナに吸収されてしまった場合のことをいう。このときのマナを受動励起といって、エネルギーとしては申し分ないが、魔法を使おうとしても使い手の意思が通らない状態になっている」
黒板にカツカツと音を立てながら図示して、受動励起と赤く書き込んだ。マナやオドをかわいいキャラクターで示している。しかし、かわいいキャラクター同士で共食いのような絵を描くのは、少しどうかと感じるユーキだ。近くに座っていたサクラとマリーも苦笑いする。
「混合状態の場合は、使い手のエネルギーとしてのオドが残っているために、魔法としての方向性を指示できる」
さらに図を書き込んで、能動励起と赤で書き込んだ。
「今日は、マナの性質とオドとの関係を覚えてくれればそれでいい。細かいのは、また後日やろう。残った時間は基礎魔法の訓練にしなさい。理論も大切だが、体に覚え込ませるのも大切だ。頭で理解し、イメージを強めて練習する。このルーチンを忘れるな。何か、質問はあるか?」
残りの授業時間は三十分もあるのに自習宣言が出た。ダルイ系男子は礼をしてすぐに教室を出ていき、女子は黒板を必死で写している。その中でユーキは手を挙げた。
「ん、見ない顔だな。この時期に転入生か?」
「初めまして、ユーキと言います。学園長の紹介で講義に参加させていただいています。よろしくお願いします」
「おぉ、見るからに真面目くんだな。日ノ本国の奴らのそういう姿勢は俺としては大好きだ。一応、ここで教師やってるレオだ。気軽に呼んでくれ。で、質問は?」
「オド単体での魔法行使を試みた場合に発動はするか否か、という疑問がわきました」
レオは数秒考えた後、黒板に素早く書きながら答えた。
「方法は二通りある。一つはオドがマナに飲まれる前に発動するか。発動のプロセスを肉体外ではなく、内部に展開する方法だ」
人差し指を上に向けた図を二つ描いて、さらに色チョークで書き込み始める。一方の図は人差し指の先に赤い丸が書きこまれ。もう一方には指の中に書き込まれている。
「前者は肉体外までオドが単体で出るためマナが侵食を開始する。それが終わる前に素早く炎を灯すという結果を出さなくてはいけない。後者は炎を灯すという結果をすでに決定した状態で、外部にオドが出た瞬間に魔法として発動する」
杖で黒板を指し示しながらオドの流れを追っていく。
「多くの場合、マナと混合した方が余計なオドを使わなくて済むし、威力や効果も高まる。稀にオドとマナの感覚に過敏なやつがいて、マナが肉体内に入るのを拒絶したことで、混合せずに魔法を放とうとすることで失敗する。そんな相談がここ十年で何件かあったことがある。――――これでどうだ?」
「よくわかりました。ありがとうございます」
「そうか。なかなかいい着眼点をもった質問だった。何かあれば遠慮なく聞いてくれ」
片手で出席簿と教科書を抱え、あくびをしながら白衣を翻してレオは教室を出ていった。いくつかの疑問も解消し、ユーキもサクラたちと席を立って教室を出る。
ちょうど時刻も十二時になるので、四人で食堂に向かうことにした。
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