灰吹きから蛇が出るⅢ
「ちょっと待ってください。今、森に入るのは危険です」
「あれ? 君たちがお孫さんを助け出した時に魔物は倒したんじゃ?」
リシアがユーキに尋ねるので、彼女たちが部屋に来るまでに話していたことを説明する。
するとウッドが腕を組んで唸る。
「バジリスク、ねぇ。毒蛇で石化の魔眼持ち。体の大きさは?」
「文献では家の高さまで体を起こして進むそうです。最低でも十メートル。二十メートル以上はあると考えた方がいいでしょう。ラミアと交雑をしている個体がいるとなれば、安易に森に踏み入れるのは危険です」
「そうなると、体の太さも相当なもんだ。俺の槍でも奥まで刺さるか怪しいな」
その傍らでレナはずっとユーキのベッドに腰かけて眼を閉じている。
反対側にいたサクラはユーキにこっそりと耳打ちしてきた。
「ユーキさん。この人たちは?」
「あぁ、王都に来る前に助けてくれた人たちなんだ。剣を持っているのがマックスさん。槍使いがウッドさん。あっちの杖を持っているのがリシアさんで、今ここに座っているのが弓使いのレナさんだ」
「弓使いの……レナ?」
ユーキは一人ずつ紹介していくとレナのところでサクラが反応した。
「あの……もしかしてA級冒険者最年少記録の弓使いレナ?」
「んあ? 呼んだ?」
寝ていたのか、目を擦りながらサクラへと振り返る。
「あの、もしかしてA級冒険者のレナさんですか?」
「あー、一応そうなる予定」
「嬢ちゃん。レナはな、今度王都のギルドに着くとA級冒険者になるんだ。最年少記録十七歳に更新さ」
「え、レナさんって十七歳っ!?」
ユーキがレナの年齢に触れた瞬間、すぐ真横へと矢が突き刺さった。
「女性の年齢には触れるべからず。変態」
「あ、その評価変更されてなかったんですね」
「当然」
そう言いながら、レナはウッドの腹へと一発拳を叩き込んだ。
「お前も人の年をばらすな」
「おまっ。俺の方が一応年上なんだから、多少は遠慮ってものをだなぁ!?」
パンパンッと手を二回叩く音が聞こえたかと思うと、リシアが苦笑いしながらウッドとレナを引きはがす。その表情は笑顔のように見えるが、明らかに怒っているオーラがにじみ出ていた。
「はいはい。そこまでにしておかないと、みんな困っちゃいますから。後、命がかかってるかもしれないから、話はよく聞いてくださいね」
「「ごめんなさい」」
そんな中でマックスはオーウェンの方へと向き直る。
「ファンメル軍は動いているのか?」
「いえ、護衛部隊が遠距離から見張っているのみで、大規模なものは……」
「護衛用の狙撃部隊のみでは、万が一、この村が襲われたらアウトだな。仮に森で倒したとしても体液がばらまかれたら、数年間は人も獣も住める状態じゃなくなるんだろ?」
全員が頭を捻る中、言い辛そうにマリーが手を挙げる。
「あのさ。あまりこういう手段は使いたくないんだけど、あたしの母さんなら一撃で焼き尽くせそうな気がする」
「そうか! ローレンス伯爵夫人と言えば、あの天才と謳われた宮廷魔術師。ドラゴンすら慄く火炎を操り、山すら形を変えるという――――」
「まぁ、そうなんだけどさ。あんまり親を頼りにするのは良くないし、バジリスクが本当にいるかどうかもわからない。でも本当だったら、それくらいの戦力じゃないと無理だぜ、多分」
マリーが苦笑しながら言う。それを聞いていたフェイは首を振って、彼女の意見に否定を表す。
「伯爵がいない以上、ローレンスの地を離れるのは難しいのでは? それに領地からここまでどれだけ離れていると思ってるんです?」
「そこだよなぁ。あの人のことだから、情報が伝わればすぐにでも来れるけど、伝える手段がなぁ」
悩みながらどっちつかずな反応をしていると、階下からドタドタと大きな音が聞こえ始める。何事かと全員が押し黙り、ドアの向こう側へと注目する。一拍遅れて、ドアが急に開き、一人の男が押し入ってきた。
「何奴!?」
キャロラインとレベッカが捉えようとするが、それよりも早く男は跪いて早口で捲し立てた。
「森にて異様なバケモノと遭遇っ! 仲間が時間を稼いでいますが、このままでは日が暮れる頃には村へと到達します!」
「落ち着けっ! 一体何があったんだ」
オーウェンが男の肩を揺すって問いただす。
よほど慌てて来たのか、男の呼吸は荒く、報告を言い切るので精いっぱいだったようだ。
「仲間の一人が、ラミアの遺体を、処理しようとしていたところ、背後から急に襲われまして。全員無事でしたが、あの巨体には到底敵わず。匂いまで消して野生動物にも悟られないようにしていたのに……」
「どんな魔物だ!」
「蛇です。巨大な、蛇っ!」
オーウェンはアルトへと振り向くと険しい顔で口を開いた。
「すぐにこの村の住民を避難させましょう。開拓はいつでもできますが、人の命だけは戻りません」
「同感です。しかし、このままバジリスクを放っておくわけにもいきません」
――――だが、どうやって。
そんな言葉が全員の胸中を支配しようとしていた時に、マックスがマリーを見て告げた。
「君のお母さんに連絡がつけば何とか出来るんだな?」
「あ、あぁ。一応、母さん。かなり魔法が使えるからな。昔、ドラゴンを火の球で焼き殺して、食べたことあるって聞いたし」
「わかった。幸い素早く連絡をとれる方法が一つある。それで俺の方から連絡してみるが、あまり期待はしないでくれ」
そう言ってマックスは、すぐに部屋を出て行った。
「俺たちも、村長の所に行って話をしてきた方がいいな。あんたらはここで作戦を考えていてくれ。聖女様に迂闊にうろつかれたら、護衛が戦う前にへばっちまうからな」
ウッドが立つとレナとリシアも立ち上がった。そのまま出て行く背中を無言で見送るアルト。
音を立てて扉が閉まるとアルトはぼそりと呟いた。
「さっきは自分たちだけ戦うのはおかしいって言ってたのに……」
マックスの矛盾する言動に、彼女は理解できないとばかりに眉をひそめた。
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