生殺しの蛇に噛まれるⅠ
――――残り十メートル。
ラミアの尻尾が振るわれれば、先ほどのオーウェンのように数メートル以上吹き飛ばされるだろう。
――――残り五メートル。
しかし、ラミアが吹き飛ばした白い光の球の後ろから、もう一つ同じ球が高速で飛来する。尾で薙ぎ払った直後に顔の目の前で光が弾ける。
――――残り三メートル。
空いていた左手で顔を庇うが、ユーキが一歩を踏み出す内に手がだらりと落ちて、虚ろな瞳を露にした。
「――――喰らえっ!」
鞘から刀を抜き放つと、そのまま大上段に構えて無防備な右腕へと振り下ろす。己の親指と人差し指の分かれる部分の肉に柄が食い込む感触が返ってくる。そのまま重力の従って、体を落としながら腕を振るうと、想像以上の軽さで鱗を切り裂き、腕を落とした。
「よし!」
そのままソフィアが隠し玉を使ってもいいのだが、一人よりは二人だろう。
ユーキは振り下ろした刀を地面すれすれで止めると、下から斜めに切り上げてラミアの右脇腹へと刀を振りぬく。
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛――――」
まるで怪獣映画のような低い呻き声を出すラミアを前に、ユーキは地面から持ち上げられるように少女の体が尾と共に浮き上がるのが見えた。
「間に合えっ!」
少女を締め付ける尾ではなく、その僅かに横を斬りつける。
思いの外、三撃目もするりと刃が通り、太い尾の三分の一が中身を露にして血を吹き出す。
それでも、まだ足りなかった。尾の締め付けが始まり少女の柔らかい体にドンドン食い込んでいく。このままでは三秒もしない内に、少女の内臓は破裂するだろう。
焦ったユーキのすぐ側から風切り音と共に声が聞こえた。
「助かった。後は任せてくれ」
――――ズドンッ!!
一瞬、大砲でも撃ちだしたのかと思うような巨大な音が響く。それが振り下ろした武器と地面がぶつかった音だと理解するにはかなり時間が必要だった。
ユーキを追ってきた他の剣士も次々に尾へと組みつき、少女を尾から引きはがしていく。
舞い上がった土煙が晴れると、ユーキの斬ろうとした尾の部分が丸ごと吹き飛んでいる。そこにあったのは、ソフィアが落とした剣とは全く別の剣だった。
どこからともなく現れたその剣は尾を両断し、さらに浅くはあるがラミアの胸を切り裂いていた。その胸元も水が這い上がってきて傷口ごと飲み込むと、そのまま一気に氷へと変わる。
体の自由が利かず、最後の悪あがきとばかりに奮った左腕はソフィアの剣で弾き飛ばされた。両腕を失い、足という名の尾も無くなったラミアに残された手段は自身の鋭い牙と魔眼だけだった。
「キサマ――――!!」
目の前のソフィアへと噛みつこうとするが、その瞬間、今度は頭が弾け飛んだ。
何が起きたのかわからず周りを見渡すが、どうやら誰も魔法をまだ使っていなかったようだ。
「全く、援護が遅いぞ……」
乱れた髪を振り払いながらソフィアは剣を一振りすると、光の粒子になって剣が消えて行ってしまった。落ちたもう一振りの剣を拾うと少女の方へと近寄っていく。
そんな後ろ姿を見ながらユーキは、忘れていた存在を思い出した。
「そうか。ここにいる人だけじゃなくて、遠くから護衛についている人たちもいたのか」
遠距離から見張り、護衛すると聞いてはいたが、まさか魔法による狙撃の援護とは、想像していなかった。そこまで考えて、ユーキは頭を捻る。
「あれ? 前にもどこかで、こんなことがあったような……?」
遥か遠くに離れた声も届かない場所で、男が一人、くしゃみをしたとかしないとか。
「大丈夫? お嬢ちゃん?」
「うん!」
まだ精神を落ち着かせる魔法が効いているのか。少女は泣きもせずにアルトの手を取った。
そのまま手をつないでアルトは来た道へと引き返す。ソフィアはすぐにその傍へと連れそうに駆け寄っていった。
「ユーキさん!」
それと入れ違うようにサクラたちも駆け寄ってくる。
「すごいじゃん。いつの間に、あんな動き出来るようになったんだ!?」
「はぁ? 何のことだ?」
「いや、こうバーッて走り寄ったかと思ったら、スパパパっていきなりラミアが細切れになっていくから、あたしたちがすることなんて何もなかったじゃん!」
マリーの言葉に戸惑っているとオーウェンも近づいてきた。心の底から驚いたような声でユーキを称賛する。
「いつの間に特訓をしていたんだい? 君の身体強化、依然とは比べ物にならないほど、練度が上がっているようだけど」
「そうだね。確かに僕の身体強化に匹敵するくらいの速さまでになっていることは確かだ。だけど、褒めちぎる前にここを離れよう。あの子も村に送って行かないといけないからね」
自分の身に一体何が起きたのかわからぬまま、皆に促されるまま一歩前に踏み出す。
途端にユーキの体が膝から崩れ落ちた。何とか受け身をとって地面へと横になるが、次いで、すぐに痛みが襲って来る。
「あ――――っつ゛!?」
いきなり悶え始めたユーキの様子に気付いたレベッカとキャロラインが、ソフィアたちを呼び戻した。
「一体どうしたんです?」
「わからないです。急に倒れたと思ったら……」
ソフィアは駆け寄ると詠唱もせずに、手のひらから光を放ってユーキの体を擦る。
「反動が来たのかもね」
「反動?」
フェイの呟きにフランが反応する。
「自分の身体能力以上に無理矢理魔法で力を引き上げると起こることがあるんだ。昔、僕もやったことがあるけど、一日中起き上がれないくらいの痛みが襲ってくる」
「父に特訓を受けた時を思い出すな。あの時は泣きじゃくって二度とやるもんかってベッドに潜った覚えがある」
オーウェンも遠い目で頷く。そんな二人にアルトは尋ねるが、その横でソフィアは苦笑いをしている。恐らく、彼女もその答えを知っているからだろう。
「では、この痛みの対処法もご存じですね?」
「「ないですね」」
二人が揃って言うと、アルトは呆けた顔でソフィアを見た。
「お二人の言う通りです。こればかりは自分の体の修復能力に頼った方がいいと思います。もし、彼のことを思うなら眠らせてあげるのが、一番の対処法かもしれませんね」
「……わかりました。そうしましょう」
そう言うとアルトは、ユーキの苦しむ顔に手を乗せた。
「では、おやすみなさい」
痛みに悶えながらも、ユーキはいつの間にか意識を闇の中へと手放していた。
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