三者択一Ⅷ
一瞬、何が起こったのかオーウェンには理解できなかった。
唯一、脳が認識できたのは何者かに攻撃を受けたことだ。体がものすごい勢いで横っ飛びに飛んでいき、地面の上を何度も転がった。
幸い衝撃こそあったが、体に異常はない。地面を横滑りする勢いを利用して姿勢を立て直すと、そこには異様な光景が飛び込んできた。
「……デカいっ!?」
大きな木の幹に巻き付きながら、こちらを威嚇してくるラミアの姿が目に入る。擬態のために色が変わるのか、鱗は緑と茶色の入り混じったものが脈動をしていた。
だが、そのような細かい容姿は目に入ってきてなどいない。通常のラミアのサイズは五メートル程度。
対して、目の前にいる個体は優に十メートルを超えていた。そのような尾で叩かれれば、吹き飛んでしまうのも納得だ。オーウェンは剣を握り直して立ち上がる。
「みなさん。一度散開して! 固まっていたら一網打尽にされます!」
ソフィアの声が響くと各々の判断で散らばる。ラミアを包囲するように近接武器を持ったものが前に出て、その後ろに魔法使い組が杖を構える。
「ソフィア。あなたはアルトと一緒に下がっててください」
「わかっています」
キャロラインが叫ぶとソフィアは渋々と言った感じで、オーウェンと入れ替わるように下がる。
その一部始終をコブラのように上半身だけを木から離した女が見下ろしていた。
「私の、子供、手を、出すな」
ゆっくりと地上へ降りてきたラミアは子供の前に立ち塞がり威嚇する。美しい女性の面影はあるが、口は左右にぱっくりと裂け、顔の皮膚もよく見れば鱗上に細かい罅が入っているのが分かる。瞳だけが宝石のように爛々と輝いていた。
「その子はお前の子供じゃなくて、攫って来たんだろう! 大人しく返せ!」
「私の、子」
「言っても無駄だ。まずは、あの子の近くから離さないと」
フェイが後ろにいるマリーへと呼びかける。じりじりとラミアを前へ誘き出すために距離を詰めていく。唯一、ユーキだけが前に出ることを躊躇っていた。
「ユーキさん。もしかして、体が……?」
「そうじゃない。何か、あいつに近づくのはヤバそうなんだ」
ユーキの魔眼はラミアの眼に注がれていた。灼熱に燃え盛るマグマのような閃光が漏れ出ている。
「(あいつの眼の光り方は異常だ。まるで……)」
そこまで考えた時にラミアが動いた。
「出て行かないならば、ここで、死ね!」
ラミアの瞳が限界まで見開かれる。瞬間、全員の体が急に動かなくなった。
「重、力魔法? いや、これは……」
「まさか、魔眼か!?」
ユーキたちには過去に同じような体験をしていた。フランの父に襲われた時も、劣化版の魅了の魔眼によって、体の動きを封じられた。
しかし、今回の封じられ方には一つだけ違う特徴があった。
「(い、痛い!)」
まるで全身の筋肉が吊ったかのような痛みに襲われる。引き攣り、裂けるような痛みが駆け巡り、叫び声を上げたくなるが、それすらもままならない。苦悶に呻きながらも視界の端にソフィアたちが動いていることを確認した
幸いにもソフィアとアルトは一番離れた所にいたので効果が薄かったようだ。それでも、体は重く満足に動ける状態ではないらしい。
「ラミアが魔眼を使うなんて、聞いたことがないです」
ソフィアが苦しそうに立ち上がると剣を構えた。アルトには振り返らずに小声で呼びかける。
「万が一の場合は、アレを使います。あなたは戦闘に巻き込まれないように注意していてください」
「気を付けてね」
「私を誰だと思ってるんですか」
ふっと笑みを零すとソフィアは大声で叫んだ。
「全員、身体強化に回す魔力を増やせ! そうすれば魔眼の力に抵抗できる!」
「くっ。そう言われても」
戸惑うマリーの下に思いっきりラミアの尾が横薙ぎに奮われる。フェイが急いで防御に回ろうとするが、二人もろとも吹き飛ばされる未来しか見えない。
「わっ!? え、えっと、『燃えちゃえー!!』」
フランが両手を突き出して叫ぶと、二人を襲おうとしていた尾に向かって火球とも火炎放射とも言えない大量の火が襲い掛かる。
聖女の関係者たちは、詠唱なしでいきなり大量の魔法を放ったことに驚きを隠せないが、一番驚愕したのはラミアだっただろう。慌てて、尻尾を戻して地面や茂みへと叩きつけて炎を払う。
同時に、視線が外れた為か、全員の体が痛みと麻痺から解放された。
「よし、これなら行けます!」
レベッカが大型のナイフを腰から引き抜くと続けざまに三本投擲した。その内、二本は胴に突き刺さり、もう一本は子供を縛るツタを八割ほど断ち切った。
子供が急いで駆け出していくのを見たラミアは口を大きく開いて、地面を這うのではなく。ばねのように尻尾で木を押し出してとびかかる。
流石に間に合わないと感じたフェイの横を、それ以上の速さで駆け抜けた影があった。
「やああああっ!!」
子供に追いつき、長い爪が首元へと駆けられる直前。ラミアの横腹に剣が突き刺さる。すると僅かにではあるが、その凶爪が横にずれた。
弾丸のように駆け抜けたソフィアは、そのまま地面へ押し倒すと、剣を一度引き抜いてラミアに止めを刺そうと一気に振り下ろす。
甲高い音が鳴り響いた。流石に都合よくはいかず、硬い爪で剣を受け止められてしまう。
「しまった……」
そのまま、互いに一歩も譲らず押し合うが、ラミアの武器は一つではなかった。
至近距離からの魔眼。
ソフィアもそれに備えて極限まで魔力を高めていたようだが、それでも僅かに拮抗していた力が崩れ始めた。
そんな中、ラミアは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。当然、この状況でそのような顔を見たら警戒をする。
そんなソフィアの視界の端に逃げ出したはずの少女がいた。
「なんだと!?」
「私には、手だけじゃなく、尻尾が、ある」
少女を逃がせたと思っていたソフィアだったが、ラミアにはまだ器用に動かせる尻尾があった。それを、この一瞬の攻防中に動かし、少女を捉えていたのだ。それも周りが反応できないほどの素早さで。
「私が、少しでも、力を入れれば、この子は、どうなる?」
心の中で舌打ちしたソフィアは、次の瞬間に首元を掴んで持ち上げられていた。
ユーキたちの想定の中で、考え得る限りの最悪の事態だ。聖女と少女の二人がラミアの手中に堕ちてしまった。そんな中、アルトだけが焦りを見せず、ラミアを見つめていた。
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