三者択一Ⅲ
アルトの頭の中にビジョンが浮かんだ。
真っ赤な髪で剣を奮う青年の姿が、はっきりと脳裏どころか瞼にまで焼き付いているかのようだった。
「(一体、何が――――!?)」
冷や汗を垂らしながら、アルトは目の前のユーキへと視線を合わせる。
その顔は何があったのかと不思議そうにしている。
「あ、やっぱり、治癒魔法じゃ治らないか。無理させちゃって悪いね」
「いえ、まだかけていません」
もう一度、同じビジョンが流れ込んでくることを期待して、ユーキの頭上へと杖を近づける。
しかし、期待虚しく。数秒待っても、先ほどの映像は自分の中には飛び込んでこなかった。
肩を落としながら治癒魔法をかけていると、ソフィアが急ぎ足で馬車へと駆け寄ってくる。その顔は若干焦っているように見える。
「近くで子供が魔物に攫われたそうです。今、村にいる冒険者たちに村長が声をかけて回っていますが、私たちしかいないようです」
「それは……」
アルトたちの目的からすれば早く次の村に向かいたいところ。だが、胸中では弱きものを救うべきであるという教えが自らを縛り上げる。そんな中、横で話を聞いていたユーキが提案をしてきた。
「……聖女様たちが残って俺たちが解決してくるのは?」
「それも一つの手ではありますが、村を巻き添えにする可能性があります。それならば、私たちも行くべきかと」
ソフィアは振り返って村の様子を見渡す。
村人はまだ、その事実を知らないのか比較的穏やかだ。ここにも自警団のような青年の集まりがあるのだろうが、戦闘のプロが攻めてきたら烏合の衆に成り下がる可能性もある。
「自分の身を守りながら、他の人の身も案じなければいけないのは大変ですね」
「世界を背負っているんです。村の一つや二つ、背負えなくてどうするんですか」
入れ替わった二人がお互いに言葉を交わす。演技とは思えない自然な会話にユーキは見とれていると後ろから襟を引っ張られた。
「ユーキ、いつまで話しているんだ。お二人の邪魔になるから、こっちにこい」
「わ、わかった。わかったから。引っ張るといたっ――――痛くない?」
「何を言ってるんだ。早く来るんだ」
離れていくユーキを尻目にソフィアはアルトへと小声で話し掛けた。
「因みに、彼はどうでした?」
「勇者ではないと思う。でも、杖を持った状態で彼に近づいたら勇者の容姿が一瞬見えた。赤髪の剣使い。これなら、神経をすり減らさずに見つけられそうね」
アルトが年相応に笑みを浮かべる。
しかし、それも一瞬のことで表情はすぐに引き締まった。
「それで、攫われた子供ってほんと?」
「はい。魔王の手の者なのか、それとは別の組織の犯行なのかはわかりませんが、少なくとも魔物を操る可能性があれば魔王側に近いものかと。もちろん、何の関係もない魔物と言う可能性も捨てきれませんが、タイミングが良すぎます」
「なら放っておけないわね。行きましょう」
布に包まれたままの大きな杖を担いで、アルトは自ら馬車を下りる。
「異国の民だろうが関係ない。世界を救う前のウォーミングアップがてら、子供を一人救ってあげましょう」
「――――あなた、そういう時だけ本当に調子がいいのはやめておきなさい。いつか足元掬われるから」
思わず素になったソフィアの前で、足を踏み外して転びかけるアルト。
聖女関係者の二人の姿を遠くからユーキは見つめていた。その後、自分の左手に視線を移し、何度も握ったり開いたりしながら呆けた顔をする。
「ユーキさん。さっきよりも顔色は良さそうだけど、大丈夫?」
「うん。さっきアルトに治癒魔法をかけてもらったんだけど、全然痛みを感じないんだ」
「へー、アイリスを治癒した時もあったけど、あっちの国の人はみんな治癒魔法が得意なのかな?」
サクラも興味津々で転びかけたアルトが抱き起こされる場面を見守る。どこか微笑ましい姉妹を見るように表情を緩ませていると、ウンディーネの声が飛び込んできた。
『あの子もデタラメな魔力を持っているようですね』
「え、そうなの?」
『はい。むしろ私はあの子が聖女なんじゃないかと思ったくらいです。ただ、本物の聖女様もかなり異質な力を持っていると思うので嘘ではないと思います』
ユーキはその言葉を聞いて、魔眼を開く。痛みが出ることもなく、ユーキは二人の体を包む光を見ることができた。
「(――――なんだ、アレ!?)」
ユーキの目の前には、白い衣を纏ったアルトと白い鎧をまとったソフィアの姿が映し出されていた。
「(光が、形になっている?)」
よく見ようと意識を集中させようとするが、目の奥に急に痛みが走り、現実の色彩が戻ってくる。
どうやら治癒魔法をかけられたとはいえ、完治したわけではないらしい。一度、大きく息を吸って吐き出し心を落ち着かせる。
フェイとサクラに連れられて、ユーキはマリーたちの所へと歩き出した。マリーたちの表情から察するに、彼女たちも相当焦っているらしい。子供の命がかかっているとなれば当然だろう。
ユーキもそんな考えを持ちながらも、今朝の話し合いが頭から離れず、心のどこかでほんの少し暗い気持ちで考えてしまった。
――――子供の命と世界の命運どっちが大事なんだろう、と。
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