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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第6巻 蒼天に羽ばたく翡翠の在処

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勇者の行方Ⅰ

 二人の男が傅いていた。一人は、ライナーガンマ公爵その人であり、もう一人はその長子であった。魔法剣を息子に渡して一線を退き、今は一貴族として領地の経営に力を入れている。

 しかし、人の本質とは隠せぬもの。頭から足の先まで隠そうとも隠し切れぬ、武人の闘気が立ち上っている。常人であれば汗が吹き出し、膝が震え、呼吸するのも忘れるだろう。何も武器を持っていないにもかかわらず、それだけの威圧感を醸し出していた。隣にいる血のつながった息子ですら、冷や汗が出るのを止められない。

 異常なのは、それを涼しい顔で、さも当たり前かのように振舞う人々。城の一室はある意味で異界と化していた。

 城の主であるファンメル三世。民に最も近い王と言われながらも、そのカリスマは時に、無茶苦茶なことで有名なローレンス伯爵すらも跪かせる。その隣にいる宰相も、異様な威圧に目を細めこそするが、それを咎めようとはしなかった。

 もう一方の陣営は、聖教国サケルラクリマの聖女と護衛部隊の黒騎士たちだ。黒騎士の一部はその威圧に押されて、体が無意識に動き、鎧のどこかが擦れて音が響く。唯一、正面から見返したのが聖女だった。傍らに控える小さな侍女は、その陰に隠れカタカタと怯えている。


「……その辺にしておけ。幼子を泣かすのは、お前の趣味ではなかろう」

「はっ」


 ライナーガンマ公爵が返事をすると、場に漂っていた張り詰めた空気が一気に弛緩した。ファンメル三世も呆れた顔で目の前の男の息子へと呼びかける。


「お主もこれでは家で堅苦しい思いをするだろう。いっそのこと、正式に爵位を分けてもらって家を出た方が気が楽なのではないか?」

「いえ、父上の足元にも及ばない身であれば、縋り付いて恥をかいてでも、その才を学ぶべきと考えております」

「情けない息子で申し訳ありません。陛下」


 だめだこれは、とばかりに宰相を見るが、同様に顔を顰めたまま首を振る姿が目に入った。頭痛がしてきたという顔を露にしたのも一瞬、ファンメル三世は本題を切り出した。


「さて、一応の報告はルーカス学園長からも聞いている。特殊な状況下でダンジョンの難易度が下がっていたとはいえ、見事に学園の生徒の多数で最下層の攻略を成し遂げたそうだな」

「はっ」

「他にも聞きたいことは山ほどあるが、客人を待たせるのも忍びない。最下層で手に入れたという秘薬を見せてもらおうか」


 ファンメル三世の問いかけを待っていたとばかりに、オーウェンは立ち上がると後ろに控えさせていた者に目配せした。それを受けた者たちは、緊張しながらも台車に乗せた瓶をファンメル三世の目の前まで持っていく。


「ほう……白い瓶。装飾は蛇と女性を象ったものが描かれているな。シンプルではあるが、この曲線美はなかなか作り出せるものではない。中身は……白い液体か」

「はい。聞くところによると、元は美容目的に用意されたものだったのですが、転じて、皮膚などの異常を治す薬にもなるとのこと。麗しい女性に贈って良し。火傷や皮膚病に悩まされる者に使って良しと良いことづくめでございます」


 ファンメル三世は、僅かに笑みをこぼすと聖女へと顔を向けた。一瞬、聖女の目が瓶に釘付けになっていたのは気のせいだろう。

 わざとらしく咳き込むとファンメル三世は、聖女に向けてわざとらしく告げた。


「このように言っているが実際は()()()()()若者でな。言葉通りに受け取らないでいただきたい」

「もちろん。囲われて育ったとはいえ、その程度のことはわきまえております」


 後ろで侍女が笑っていた気がするが聖女は無視した。聖女からしてみれば、「別に正室や側室に贈るわけではないのだぞ」というロイヤルジョークに感じたかもしれないが、実際はライナーガンマ公爵に向けられた言葉だった。

 そして、それをわかっていてなお、公爵は憮然として傅いていた。


「殊勝なことに聖女がいることを知っていた彼は、『ぜひ聖女の活動に役立てていただきたい』と申し出たわけだ」

「それはそれは……。確かに病の治癒には役立ちますが、我々が使うのはお門違いというもの。ぜひ、この国にてお使いください」

「ふむ。では、こういうのはどうだろうか。先日、公爵の申し出を受けていただいて、教会にいる負傷者を慰問してくださったお礼というのは?」


 聖女は一度目を瞑った後、頷いた。


「わかりました。そこまで言っていただいて断るのは、そちらにもご迷惑をおかけしてしまいますね。では、残りの慰問において、その薬を使える者に使わせていただきましょう。それで余ったものは我が国の病に悩む者に」


 まるで台本を読んでいるかのように話が進んで行く。それも、そのはず。お互いに笑いながら腹を探り、相手の望んでいることを察して、手を打つ。その思考があまりにも早く、劇のようにさえ見える。


「感謝いたします。ライナーガンマ公爵。そして――――()()()()()()()()()()()()()()()?」


 公爵は心の中で笑みを浮かべた。公爵が望んでいた言葉が聖女から出てきたのだ。

 高位の者に名前を聞かれるということは、即ちコネクションの確保の成功である。大抵の場合、公務や舞踏会などの際に聞かれれば、それが一段落した後に必ず呼ぶから準備しておきなさい、ということになる。


「オーウェン。オーウェン・ライでございます。聖女様」

「重ねてお礼を申し上げます。オーウェンさん」


 微笑んだ聖女だが、オーウェンの表情は硬いままだった。


「では、ことのついでだ。優秀な人材には、相応の課題を与えるべきだ、と(オレ)は常々思っているのだ」

「――――と言いますと?」


 空気が変わったのを敏感に察知した聖女が、間髪入れずにファンメル三世へと問いかける。ライナーガンマ公爵も予想外の出来事に、僅かに頭を上げた。


「聖女殿は勇者をお求めだ。手伝ってやりたまえ」

「――――はっ。……は?」


 間抜けな声が誰に届くわけでもなく、どこかへと消えていった。

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