雷霆の枷Ⅴ
二人が落ち着くところを待って、フェイが説明を終えると伯爵は眉間に皺を寄せた。
「なるほどな。それで生徒程度の実力でも最下層に辿り着けたのか」
「しかし、サイクロプスとは……また古い神が現れたものじゃ。他の生徒たちからも、その話が広まることを考えると――――色々とまずいかもしれんの」
ルーカスがため息交じりに呟くと同時に、伯爵の顔に刻まれた皺が更に深くなる。
「我々でも人の口を閉じさせることは無理ですからね。遅かれ早かれ話題にはなるでしょう」
「少なくとも、陛下のお耳に入るよりも早く、我々から話すべきなのは確かじゃ」
その後も、砕けた大剣の破片やサクラたちが手に入れた鉱石などの話に移ると、伯爵が子供のように目を輝かせた。当然、恩師のルーカスの前なので自重はしていたが、わかりやすい反応ではあった。
ルーカスからは「アクセサリーとして身に着けられるものにすると良い」というアドバイスを貰うことができた。ただ、その瞳には興味津々という言葉がぴったりな気配があったのをユーキは見逃さなかった。
その一方で、意外なことにユーキに授けられた「雷霆」に関しては、ルーカスは反応を示さなかった。
『……知らないというよりも知っていて言わない。そういう印象を受けます』
ウンディーネはユーキにだけ声を聞かせたが、当の本人は苦笑するばかりだ。最初にルーカスと出会ってから、ウンディーネはやたらと噛みつく癖がある。仮にルーカスが知っていたとしても、教えないのは理由があるからだろうと聞き流した。
「ありがとう。ある程度の把握ができた。自動記録の羊皮紙に関してだが、一応、こちらで見させてもらう」
「わかりました。後でこちらに届けます」
「そうか。後はあまりこの件のことは広めぬように」
ルーカスの言葉に頷いて、ユーキたちは部屋から退室した。その姿を見送った後、ルーカスは伯爵へと視線を送る。
その視線に頷くと伯爵は机の引き出しから羊皮紙を取り出した。羊皮紙を丸めて紐で止めると席を立ってルーカスへと手渡す。
「――――ここでの会話も一応記録は出来ました。ルーカス先生」
「うむ。しかし、マズイことになった。恐らく相手は蓮華帝国の者。これ以上、放っておけば被害は大きくなるばかり」
ルーカスは大きくため息をつく。
「焦ってはいけません。こういう時こそ、機を窺うべきです。武力による衝突の前には、このような水面下での工作は当然。いちいち、それに一喜一憂するべきではないかと」
「お主のような胆力が儂にもあればの」
「ご冗談を」
二人は一瞬見つめあった後、どちらからともなく笑い出す。
一方、ユーキは痛みに顔を顰めながら廊下を歩いていた。一歩ごとに貫かれる痛みは苦しみでしかない。そんなユーキを知ってか知らずかサクラが声をかけた。
「ユーキさん。すごい怖い顔してるけど、何かあったの?」
「いや、筋肉痛がすごくてさ。歩くだけで引き攣って仕方ないんだ」
「あー、そうだよね。私も身体強化で走り回った次の日、痛くて立ち上がれなかったもん」
その言葉にマリーやアイリスも頷く。フランにはあまり経験がないのか首を捻っていた。
流石にフェイも楽しく話す三人にはユーキのように言い辛いのか、ユーキにだけ鋭い視線を投げかけて、無言の批判を表している。
――――まったく、筋肉痛程度でわめいてるんじゃない。
そんな言葉が聞こえてくるかのようだ。その視線に気付き、ユーキもいたたまれない気持ちになるが、既にサクラたちは話に花を咲かせ始めてしまっている。話を止めることも話題を変えることも厳しく、ユーキは甘んじてフェイの非難の眼差しを受け止めることにした。
「とりあえず、今日はどうする? 最近、ダンジョンやら何やらで、体が疲れて仕方ないんだよな」
「じゃあ、おいしい物でも食べに行く? 甘い物とか」
「大・賛・成!」
「あ、いいですね」
マリーが話題を変えてくれたことに感謝しつつ、ユーキもフェイへと呼びかける。
「いいね。俺も甘いものを久しぶりに食べたいところだけど、フェイも一緒に行かないか?」
「もちろん! あ、いや、その……」
フェイが満面の笑みで振り返るとユーキはキョトンとしてしまう。
フェイもまた、ユーキの表情を見たことで「自分が普段しない表情」をしてしまったことに気付いたようで、かなり取り乱してしまった。
「あー、フェイって甘いもの大好きだもんな。いいんだぜ、自分に正直になってもさ」
マリーがにやにやした顔でフェイの隣にまで駆け足で近寄ると、人差し指でそのほっぺを突く。睨んでいた顔から一転、緩んだ顔を見せてしまったことと、マリーが相手であることで反論も抵抗もできずにフェイは顔を赤くして立ち尽くしていた。
「よし、そうと決まれば腹ごなしに街を散策しながら、隠れた甘味の名店を探そう」
マリーに弄られるフェイがかわいそうで、ユーキが声を目的を声高に宣言する。アイリスは鼻息荒く首を縦に振ると、一目散に自分の部屋へと走って行ってしまった。
「あ、アイリス。屋敷の中は走っちゃダメでしょ?」
「ちょっと、二人とも待てよ!?」
「あ、みなさん。待ってください」
マリーとフランが遅れてアイリスたちを追いかけていくと、ユーキとフェイは気まずい空気の中に取り残されてしまう。目をお互いに泳がせて、視線を合わせないようにしていたが、やがてフェイが呟いた。
「…………街に行く前に、羊皮紙を持っていくことを忘れるなよ」
「――――――――あ゛!?」
仲間との会話にかまけて重要な仕事を早速忘れてしまっていたことに、思わず衝撃を受けるユーキであった。
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