死の舞踏Ⅸ
サクラが交代してから、何度もリリアンとの交代が行われる。頻度こそ違うが、まるで心臓マッサージを施しているような気迫に、マリーやアイリスは口を真一文字に結び、待つことしかできなかった。
「――次、もう一回行くわよ」
「――っ。ハイ!」
リリアンの声が部屋に響くと、サクラが再び手を添えて魔力を流し始める。これでもう四回目。
十分間の休憩と魔力回復用のポーションがあるとはいえ、サクラは体力的にそろそろ限界を迎えようとしていた。
一方、リリアンの方は二回目からは、魔力の制御に集中するために、アイリスとマリーへ凍結魔法を引き継がせた。そして、彼女は休憩なしのぶっ続けで二時間、魔力を放出している。サクラの魔力の流したい方向を感じ取り、ユーキの魔力を停滞させるだけでなく、誘導まで補助しようとしているのだった。
「あの、あんたは大丈夫なのか。そんなに続けてて」
「さっきのポーションだけでなく、私自身の魔力を溜め込んだ宝石を使っています。集中力が続く限り、魔力放出には問題ありません。魔力の枯渇など医療従事者にとっては死活問題ですから、対策はいくらでもしてあります」
マリーの心配にリリアンは答える。彼女の額には汗が浮かび、既に何度も顔を伝ってシーツに染みを作っていた。
「とはいえ、彼女の残存魔力量が心配です。これか、次で決めないと――」
リリアンの言葉を聞いて、サクラの顔に焦りの色が見え始める。頬の筋肉がこわばり、緊張からか顔が蒼白になっていた。
「サクラ、焦っちゃダメ。ユーキに魔力を流した時のイメージ」
アイリスがサクラの顔を見て助言する。しかし、その声は果たして届いているのか、サクラはピクリとも動かない。アイリスは不安気な顔で視線を下に落とした。
その時、足元で魔法陣が赤く輝き始め、壁に掛けられた鐘が鳴り始める。
「な、何ですか!?」
「おいおい、明らかに良い感じの反応じゃねえよな!?」
集中していたサクラが周りを見渡しながら、震えた声を上げる。マリーも、思わず下の魔法陣を見て、杖を構えたまま二、三歩後ずさりした。
「リリアンさん。いったい何が……?」
アイリスの言葉にリリアンは顔を上げる。その言葉は抑揚なく、冷め切った声で紡がれた。
「――第三段階に突入しました。ここからは時間との勝負です。悠長なことは言わず、私も全力であなたの魔力制御に干渉していきます」
――第三段階。それは体のどこかに影響が出始めることを意味している。サクラたちの中でさらに焦りが生まれる。
「おいおいおい、あんた学園長に任されるくらいだから、本当はこんなのすぐに治しちゃえるんじゃないのかよ!?」
思わずマリーが声を荒らげる。リリアンが手を抜いていないのはマリーもわかっているのだろうが、それでも言わずにいられなかったようだ。
「はい。通常の乱れた魔力だろうと、今回のような加速収束型の魔力だろうと、一時間以内に治す自信はあります。いえ、ありました、が正しいでしょうか」
ひたすら自分の手を見つめ続けるリリアンにも焦りの表情が浮かんでいる。よく見れば、彼女の唇が震えているのに気付くことができただろう。
「彼の場合、架空神経が複雑すぎるのです。普段、私が相手をする架空神経を例えるならば、木のように『根』・『幹』・『枝』のように分かれているのですが、彼の場合は――『茨』でしょうか?」
「いば……ら?」
サクラの疑問に答えるように、リリアンは続ける。
「体全体に入り組んでいて、どこがメインの神経で末端なのか区別がつきません。魔力の流れでなんとなくはわかりますが、正確に見分けるのは困難です。おまけに既存の神経から棘のように新しい神経が形成され始めている痕跡さえ見えます。これだけの無茶をするからには、最低でも一カ月から半年程度は魔法を使っていると予想したのですが――」
「ユーキさんに魔力を通したのは、一週間前です」
「そうですか。才能があったからこその事故、というところですね。情報の把握を怠った私のミスでしょう」
サクラの言葉にリリアンは、少し顔を曇らせた。目を閉じて逡巡した後、決心したように顔を上げる。
「計画を変更します。あなたの残存魔力を、全力で彼に叩き込んでください」
「……どうして?」
リリアンの言葉にアイリスが質問する。マリーとサクラも不安気に答えを待つ。
「架空神経が完全に作られてない以上、正常な復帰は無理と判断しました。可能性としては、あなたの魔力の濃度を上げて、最初に体に魔力を通された感覚を思い出させる方が、被害を抑える最善の方法だと思います」
「わかりました。やってみます」
サクラが間髪入れずに頷いた。マリーが何か言おうとしたが、サクラの顔を見て口を閉じる。その代わりにサクラの背中を軽く叩いた。
「ポーションを飲んでください。学園で魔法を学んできたあなたなら彼のような症状になることはないから大丈夫です。半日眠り続けるくらいの疲労で済みます。やり方は単純、彼に抱き着いて、体全体を使って魔力を流しなさい。今までみたいな手からの一点注入では、彼の魔力に塗りつぶされるでしょう」
(――抱き着いて)
頬を染めて一瞬躊躇したものの、サクラはベッドに上がって、ユーキの背中に手を回した。密着すると同時に、凍結魔法を突き破って来るユーキの体温がサクラの肌に届く。緊張で胸を突き破りそうになる鼓動が響き、抱きしめる手が震えていた。
(ユーキさんの体って、こんなに大きいんだ……)
そんな体に反してサクラの頭の中では、初めて自ら抱き着く異性に思考が停止しかけていた。
「ここからは私の魔力は邪魔になります。私が手を引き抜いたらすぐに始めてください。その後、あなたの魔力が枯渇しないよう、私がフォローします。――それでは、いきますよ。一、二、三!」
リリアンの言葉で我に返り、サクラは魔力を流し始める。胸、腹、背中に練り込むようなイメージで魔力を放出した。自分の中の魔力が自由落下をするかの如く、一気になくなっていくのを感じたが、同時に背中側から暖かい魔力が流れ込んで来る。
肩越しに確認すると、リリアン、アイリス、マリーの三人が背中に手を添えていた。
「私たちにできることは、これくらい」
「あたしらの魔力を渡して、サクラの魔力に変換してもらうことだけだ」
「大丈夫。必ず上手くいきます。既に症状が緩和され始めているのを検出しているので、自信をもってください。幸い、この二人の魔力制御は、年齢に見合わず高いレベルにありますから、残存魔力を気にしないでいきなさい!」
その言葉にサクラは目を瞑り、ギュッと腕に力を入れた。そのまま、ユーキの胸に顔の体重を預ける。
「ユーキさん、安心して、絶対に助けるから。目が覚めたら、また、みんなで一緒にお話ししようね」
そう呟いた瞬間、サクラは一気に魔力の放出速度を上げる。
――十秒……二十秒……と時間が経過する。そして一分を過ぎたあたりで、サクラの意識が朦朧とし始めた。
(まだ……まだいける! 最後まで出し切らなきゃ!)
そう考えて三秒と経たず、サクラの意識は深い闇の中へと飲み込まれてしまった。
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