雷霆の枷Ⅱ
風呂から出て、自室に入るとちょうどフェイが、荷物をまとめて部屋を出ようとしているところだった。
「悪いね。先に朝食に行って構わないよ」
「いやいや、まだご飯を食べるにしたって早すぎる。シェフやメイドのみなさんに迷惑だから、フェイが来たら行くよ。それまではゆっくり体を動かして、この痛みに慣れておくさ」
ユーキは体を無理やり動かしてストレッチを行う。体の横側を伸ばすと背骨や肩甲骨から音が響いた。
「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えて行ってくる。三十分はかからないと思うから、それまではゆっくり休んでてくれ」
「オーケー。そうさせてもらう」
フェイが扉を閉めると同時にユーキは布団へと背中から倒れ込んだ。柔らかい感触と共に体の内部に痛みが奔る。
「いっつ……」
『大丈夫ですか? あまり無理をなさらない方がいいのでは?』
ベッド脇の小さな棚に置かれた青い石から声が響く。薄く姿を現した水精霊は、そっとユーキの腕へと手を置いた。手を置かれた場所がひんやりと冷たくなり、ほんの少しだけ楽になるが、根本的な解決にはならない。
ウンディーネが僅かに魔力を流すとユーキの体が僅かに青いオーラに包まれた。数秒間、ユーキを見下ろして観察していたウンディーネは、息を吐いて、ゆっくり体から手を放す。
『ただでさえ未発達な神経に魔力を無理やり流し込んでいる状況です。無茶をしてこれ以上の魔力を流したり、体を動かしたりすると怪我まではいきませんが、激痛が走るのは間違いないですよ』
「この痛み。治癒魔法とかでは治らないのかな?」
『子供が成長痛で痛いと泣き喚いても、それを薬や魔法で治そうとする親はあまりいません。できるのは安静にして、痛みが治まるまで我慢することですね』
今度は魔力を流さずにそっと左腕をとって擦る。まるで、痛みで眠れない子供をあやす母親のようだ、とユーキは内心思ったが、見た目が若いこともあって口に出すことが憚られた。
擦りながらウンディーネは、ふとユーキの顔へと視線を向ける。
『結局のところ、ユーキさんの魔眼については私たちにも教えてもらえない、ということでいいんですか?』
「いや教えたくても、俺自身がどんな魔眼かを把握できていないんだ。なんとなく、こういうものだ、って予想してその場その場で動いてるだけだよ」
『例えば?』
「そうだなぁ。ウンディーネを見ることができる、ってことを考えるとオドとかマナとかを他の人よりも見ることができる。後は、その色で性質を判断するとかかな。紫なら毒草で白なら薬草、みたいにね」
ユーキが呟くとウンディーネの手が止まった。何事かとユーキが見ると部屋の中の物を一つずつ確かめるように見つめていた。
一通り、周りを見渡し終えるとユーキに向かって問いかけた。
『この部屋のドアは?』
「緑色」
『カーテンの布は?』
「カーテン自体は白いけど、黄色に見えるかな」
『机の上の蝋燭立ては?』
「白……いやちょっと銀に近いかな。実際の色は真鍮だから金色なのに不思議だよなぁ」
いくつか確認し終えるとウンディーネは首を振った。
『私にはドアはドアの木の色にしか見えません。カーテンは辛うじて黄色っぽく見えました。蝋燭立ては金色にしか見えませんね。私たち精霊に近い視点かと思ったのですが、それとも違うようです』
「そうか。まぁ、今のところ問題ないし、役に立ってるから良いけどね」
『あまり使いすぎるな、と古竜に釘を刺されてませんでした?』
王都近くの洞窟の奥深くで眠っていた赤い老竜は、確かにユーキに警告をしていた。
――――あまり無理をするな。保持者よ。多用すると元に戻れなくなるぞ。
耳の奥深くにこびり付いた竜の憐れむような低い声が、目の前で言われたかのように鮮明に思い出せる。
「それに、第四位の保持者って何だろう? 魔眼のランキングか何かかな?」
『本当にそうだとすれば、世界で四番目に強い魔眼ということですね。でも、そういうような口ぶりには聞こえませんでしたね。それに、どうやって久しぶりに会った種族の魔眼の順位がわかるのかということもあります』
二人で頭を悩ませているとフェイがドアを開けて入ってきた。
「おや、君が姿を現すなんて珍しい。おはよう、調子はあれからどうかな?」
『おはようございます、フェイさん。おかげさまで、すこぶる快調です。今日も一日よろしくお願いしますね』
挨拶を交わしたのを見届けると、ユーキは胸ポケットへと精霊石をしまい、扉へと向かう。着替えを一度置いたフェイの為に扉を開けたままにして待っていると、早歩きでフェイがやってきた。
「行こうか。今日も一日、頑張らないとな」
「あぁ、伯爵にも呼ばれることを考えると、気合を入れておいた方がよさそうだ」
扉を閉めて食堂へと向かう。心なしかユーキの足取りは、素振り後の時よりも軽くなっている気がした。
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