報酬Ⅸ
オーウェンはダンジョンを抜け出すと、真っ先にエリーと共にアランのいる一室へと向かった。まだ夜明け前ということもあり、人目につかず辿り着くこともできた。背後を心配するが、エリー以外に後を追ってきている者はいなかった。
「ここで薬を渡したら、すぐに父の下へ行く。いいね、副会長」
「エリーです。――――さっきは、呼んでくれたのに」
「何か言ったかい?」
「いいえ、それよりも彼が待っています。急ぎましょう」
すれ違う人が未明にしては多いと感じながらも、オーウェンがアランの寝る部屋へと近づくと、その扉の周りを漆黒の鎧の騎士たちが囲んでいた。
「一体何事だ?」
眉を顰めながら一団に近づくと、最も近くにいた騎士が振り返った。
「こんな早くに何か用か?」
「ここでアランという私の友人が世話になっている。今日は火傷によく効く薬を持ってきた。通していただきたい」
「……しばし待たれよ」
顔の見えない兜の中から反響した女の声が聞こえる。その騎士は周りの騎士を避けて、中に入っていくと十数秒後に姿を現した。
「中に入ってもよいが、大きな声を出したりしないように。後、このことは他言無用で」
オーウェンがエリーと顔を見合わせて中へと入っていくと、そこには白いローブに身を包んだ背の高い女性が佇んでいた。その姿に見覚えがあり、オーウェンは黒い鎧に一瞬だけ目を泳がせた後、跪いた。
気が逸っていたとはいえ、聖女護衛部隊の存在に気付かない自分に舌打ちをしたくなる。
「あなたは……?」
「お初にお目にかかります。私はライナーガンマ家が長子。オーウェンと申します。まさか聖女様がおられるとは知らず、失礼をしました」
「顔をお上げください。聞けば友人のために薬を持ってきたとか、私たちの治癒魔法にも限界があります。友人を想って持ってきた薬ならば、心の傷も癒せましょう」
「いえ、そのようなことは」
オーウェンは目の前の聖女に目を合わせず、その首元を見ながら顔を振った。
「昨日、あなたのお父上にもお会いしたところ、病に苦しむ人を救っていただけないかとお願いをされたところでして。まさか、息子さんとお会いすることになるとは思いませんでした」
「は? 父上が?」
オーウェンは聖女の言っている意味が理解できず呆然とした。あの堅物頭の父がそんなことをするとは思えないからだ。
「えぇ、我々も無辜の人々を放っておくわけにはいきません。何やら城下では我々への貢物を集めようと躍起になっている方も多くいらっしゃいます。金や名誉を目的としているわけではありませんが、こちらも何かしてさしあげたいとは思っていたのです。渡りに船とはまさにこのこと。ライナーガンマ公爵の御言葉に賛同させていただいたのですよ」
「感謝いたします」
改めて、頭を下げると聖女が微笑んで肩を叩いた。
「私の治癒魔法でも全快には至りませんでした。ぜひ、あなたの薬を使ってあげてください」
オーウェンが顔を向けると複雑そうな顔をしたアランが、上半身を起こして待っていた。
エリーと共に近づくと、その顔に皺が余計に刻まれていく。
「おいおい、親父さんに怒られるんじゃないのか?」
「知るか。俺は俺のやりたいように動くだけだ」
エリーが差し出した瓶に手を入れると、乳液のような液体がまとわりつく。それはアランの胸へと勢いよく叩きつけた。
「いった!? お前、ケガ人には優しくしろって……あれ? 痛くねぇ」
「それは……!?」
包帯を外していたアランの胸は醜く引き攣った後がなくなりきれいな肌が手形のように浮かび上がっていた。さらに、垂れてきた液体の跡の下を見れば、瑞々しい肌が覗いている。
「すごい。本当に効いてる」
エリーが敬語も忘れて、呆けているとその後ろから聖女が興奮気味に覗き込んだ。
「まさか、その薬。医神アスクレピオス様? ……いや、ヒュギエイア様? あるいはパナケイア様ですか? それとも、他の四姉妹のどちらか!?」
「あ、あの。すいません。我々もダンジョンで見つけた物なので詳しくはないのです」
「そ、そうですか。取り乱してすみません。あまりにもスゴイ効能で興奮してしまいました」
聖女の横に控えていた少女――――アルトがジト目で聖女を見ていた。
「聖女様。恐らく、この薬は彼だけでは使いきれません。ぜひ聖女様に貰っていただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「先ほど、聖女様が言っていたように、我々も聖女様が喜ぶような物を探していたのです。この薬以外にもお渡ししたいものがあるのですが……」
エリーとオーウェンの言葉に目が一瞬煌めいた聖女は、後ろからのアルトの視線を受けて、わざとらしく咳ばらいをする。一拍置いて、目を瞑り手を組んだ。
「では、夜が明ける前にお二人に会えたのも、天の星神様たちのお導きがあったということでしょう。その話につきましては、後日、ライナーガンマ公爵を通して伺いたいと思います。では、友情厚き御三方に、星神様のお導きが永久にあらんことを」
そう述べると、不満げな顔をしたアルトと共に黒騎士を引き連れて聖女は部屋を後にした。
その後ろでは子供がおもちゃを見つけたみたいに手の届く範囲にひたすら薬を引き延ばして、皮膚の変化を喜ぶアランがいた。そのはしゃぎ様は、とても外見からは想像のつかないものである。
「うぉ、すげぇ! 手で塗った先からドンドン治っていきやがる! お前ら、凄いモン手に入れたなぁ!?」
「騒がしい! まだ夜明け前ですよ!」
「ひぃっ!?」
いつもの女神官がドアを開けて入ってくると大きなはずのアランの体が小さく見える。どうやら学園きっての不良もこの神官には敵わないらしい。
そんな喧騒とは無縁の顔をしてオーウェンは白んでいく空を眺めていた。
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