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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第5巻 暗黒の淵にて、明星を待つ

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報酬Ⅷ

 明るみ始めた空を前にドッペルゲンガーは二人を抱え、屋根から屋根を飛びながら走っていた。城壁が近付いてきた辺りで、一度足を止め、主である女の縄を切り、猿轡を外す。


「ちっ、ガキと思って油断したわ。まさか、この外套が使えなくなるとはね」

「主様。ここはまだ敵地です。すぐに身を隠さねば」

「そうね。とりあえず、城壁を超えて、どっかの村伝いに移動。数週間は身を隠すか、国に戻るかしないといけないわ」


 縛られていた手首に着いた跡を擦りながら溜息をつく。その足元から呻き声が上がった。


「何? 言っていることがよくわからないわ。猿轡外すけど大声出したら、殺すから。そこんとこ、わかってるね?」


 女の指示でエリックの猿轡が外されると鼻水を垂らしながら、抗議の声を上げた


「し、失敗するだなんて、どうしてくれるんだ!? こっちは国から追われる身になるんだぞ!?」

「そんなことわかりきってたでしょ? ちゃんと言ったじゃない。『ハイリスク・ハイリターン』だって」

「俺はただ……あのくそ野郎を叩きのめしたかっただけだったのに……。なんでこんなことに」

「それは運がないってことね。ご愁傷様」


 エリックを置いて、女は屋根の縁に足をかけると札を脹脛(ふくらはぎ)の辺りに張り付けた。


「い、嫌だ。死にたくない。俺も連れてってくれ」

「嫌。だって、あんたを連れて行ったら見つかりそうだし、足手まといにしかならなそう」

「お、お前のことを全部喋るぞ」


 脅しをかけるエリックだったが、女の方は気にした素振りすらない。


「どうぞ。あんたに話されて困るような情報、捕まれる程、間抜けじゃないから。それとも、何? 口封じにいっそここで殺してくれって言うリクエスト?」


 反対側の脚にも札を貼りつけ終わったのを見て、エリックの顔が真っ青になる。もはや青を通り越して土気色になりかけていた。


「嫌だ……死にたくない……助けてくれ」

「むーり。悪いけど、私も慈善事業でやってるわけじゃないの。こっちも色々背負うものがあってやってるわけ。あんたみたいな軽い気持ちで事起こしてるわけじゃないのよね」


 札がしっかり着いていることを確認すると女は腰に手を当てて振り返った。朝日が後光のように照らすが、その顔は凶悪に歪んでいた。息が止まるかけるエリックに、そのまま女は語り掛ける。


「ま、自業自得ってやつね。ただ姿を貸すだけにしておけば良かったのに、自分から私の手駒を従えて対立しちゃうんだもの」

「何故それを……気絶していたはずじゃ……?」

「目覚めた後で生徒たちの会話を聞いてりゃ、わかるわよ。あんた相当恨まれているみたいだから、気をつけなさい、って言っても処刑されるだろうから、心配するだけ無駄だったわ」


 心底おかしそうに笑みを深めた後、再び屋根の縁に足をかけて、ドッペルゲンガーへと呼びかける。


「さ、いくわよ。手駒はあんただけになったんだから、頼りにしてるわよ」

「――――」

「何してんの? ぐずぐずしてると――――」

「お嬢様。あまり怖いお顔をされては皺が増えますわ」

「――――っ!?」


 聞こえてきた声が全く別の者だったため、急いで女は振り返った。

 そこには首にナイフを突きつけられ、手足から姿が解け始めている最後のドッペルゲンガーが、光を失った目で見つめていた。その背後には何事もなかったかのような顔で微笑んでいる()()()がいた。


「失礼。()()()なんて見てしまったので、思わず手が出てしまいました」

「あ、あんた、な、何なの!?」

「あら? 意外とおつむが弱いのでしょうか? こんなものを引き連れていたのならば、()()()()()くらいはおわかりですよね?」


 その言葉に女の顔が引き攣った。後退りしたくても、一歩下がれば地上へ真っ逆さま。思わず動きそうになる足を堪えて睨みつける。


「あんたも……ドッペルゲンガー……!?」


 その答えに満足したのか、抱えていた上半身を屋根へと投げ捨てる。首に刺さっていたはずのナイフは、いつの間にか消え、メイドの両手のどこにも存在していなかった。


「お初にお目にかかります。ローレンス辺境伯・王都邸客室係兼()()()のジェーンと申します」


 優雅な礼と共に茶髪の髪がゆらりと揺れるが、女にはそれが死神のローブのように感じた。


「顔色が随分と優れないようですが、いかがしましたか? ()()()()()()様?」

「なぜ、私の名を……!?」

「もちろん、先ほどの殿方に教えてもらったからですよ。迂闊ですね。こちらを混乱させるつもりが自ら情報を差し出していたなんて。この方もよりによって伯爵家に足を踏み入れるとは()()()()()()()()


 微笑んでいた少女の目が細くなる。マーガレットと呼ばれた女が屋根を蹴ったのは、少女が一歩踏み出すのと同時だった。


「――――あら?」


 まるでマーガレットはそこに最初からいなかったかのように掻き消えていた。ジェーンは頬に手を当てて首を傾げると、そのままエリックに向き直った。


「仕方ありません。とりあえずは、エリック様だけで我慢すると致しましょう」

「ひっ……殺さないでくれ。頼む」

「もちろんです。エリック様は我々伯爵家のマリー様を攫った御客様(はんにん)ですもの。御持て成しを嫌と言ってもやめてさしあげませんので、予め御了承ください」


 屈んだジェーンの表情見たエリックは、悲鳴を上げる間もなく、強い衝撃を胸に受け、意識を闇の中へと手放した。

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