報酬Ⅶ
その光景に首だけを振り向かせた騎士は、不機嫌そうに眉をひそめた。
「おい、坊主。人に指を差すなって母ちゃんに教わらなかったか?」
「少なくとも、人ではないあなたに言われたくはないですね」
ユーキの言葉に真っ先にフェイとアンドレが剣を抜いて騎士へと詰め寄った。
「まさか、こいつも……!?」
「ドッペルゲンガーというやつか」
ユーキの眼は体から黒い靄が溢れているのをはっきりと捉えている。
剣を向けられても騎士は決して顔色を変えなかった。それどころか、自ら振り返り一歩前へと進み出る。
「この身が偽物だと? 根拠あってのものだろうな」
「少なくとも、この国の騎士は貴族の子女が拉致監禁にした犯人がいると聞いて、一人しか向かわせないほど人でなしではないはずだ」
フェイがそれでも前に進み出ると騎士も僅かに顔を仰け反らせた。周りにいた生徒たちも何事かと集まり始める。それに顔を顰めた瞬間をユーキは見逃さずに問いただす。
「では、我々全員と一緒に城へと向かうのはどうですか? 当然、他の騎士もこのことについて、大慌てでしょうからね。きっとすぐ対応してくれるでしょう。明日の昼などと言わずに、ね」
「そうか、ならば着いて来い。――――着いて来れるのならば、だがな」
次の瞬間、ユーキたちの足元に何個かの丸い球と石が散らばった。
「しま――――」
ほとんど包囲していたことに油断してしまっていた。目の前の視界は遮られ、小規模な爆発が目の前で起こる。ユーキとその背後は結界で守られていたが、フェイとアンドレ、その他大勢の生徒は衝撃を直に受けてしまった。
慌てて指で狙いを定めようと思っても、姿は判別できず。無関係な人間を巻き込みかねない状況だった。
「残念だったな。少年少女たちよ。今回の計画は頓挫したが、いくらでもやり直せる。また、次に会う時には覚悟しておけ!」
先程の騎士の声とは一転し、管理をしていた男の慌てた声が響き渡る。多くの生徒が右往左往する中、声の聞こえた方角に目を凝らすと、壁を地面のように走り、跳んで逃げていく姿が目に入った。
「マズイ。逃がしたかっ!?」
「ユーキさん。あの人たちはどこに?」
人ごみをかき分けて後を追うが、白い煙幕を抜けた先には誰もいなかった。ユーキの後ろからサクラとアンドレが抜けてくるが、同じように辺りを見回したところで、取り逃がしたことを察する。
「すまない。俺も油断していた。まさかダンジョンの外にも用意しているとはな」
「いや、ドッペルゲンガーだと分かった時点で近づかせなければよかった。俺のミスだ」
「でも、まずはみんなが助かったから、まずはそこを喜ぼうよ。そうだ、ルーカス先生にも報告しないと」
「まぁ、呼びに行かなくても来そうな騒ぎだけどな……」
アンドレが苦笑して後ろを見る。煙幕の中からは人を押しのけながら生徒が走り出てくるが、中には壁に押し付けられたり、転んだりして一歩間違えば死人が出そうな状況になっていた。その中にはマリーとフェイに守られながら走り出てくるアイリスもいた。
「もう、疲れた。早く帰りたい」
項垂れるアイリスではあるが、そうもいかない。階下の騒ぎを聞きつけて、上階に研究室に籠っていた教授陣が何事かと降りてきた。
「あ、ウィルバード先生」
「『あ、ウィルバード先生』じゃない。何だね。この騒ぎは一体!?」
「実は先程、ダンジョンから帰還しまして」
「む、それはいかん。いや、それは良かった。我々もどうしたものかと心配していたんだ。無事に帰って来れて良かった。すぐにルーカスにも連絡せねばな」
ウィルバードは近くのガーゴイルを呼び寄せると、学園長を呼ぶように指示を出す。頷いて飛び去ったガーゴイルを見て、ユーキは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや、騎士に化けてたやつとエリックはわかるんだけど、首謀者の人がガーゴイルの探査に引っ掛からないのは何でかな、って」
「もしかして、女の人もガーゴイルに引っ掛からないように化けてた、とか?」
「いや、あの人は紛れもなく人間だった。そうだとすると、もともと学園の関係者だった……!?」
ユーキが目を開くが、アンドレは首を振った。
「俺も顔を確認したが、今まで見たことなかった顔だ。自慢じゃないが、受けられる授業は全て受けているし、すべての施設は使ったことがある。少なくとも、教師や何らかの形でここで働いている人間じゃないな。気になるなら他の生徒にも聞いてみるといい」
アンドレの言葉に気を落としながらも、ユーキはどこかへと消えた三人を探すように空を見上げた。ダンジョンの空は暗かったが、現実の東の空は既に明るみ始めていた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




