報酬Ⅳ
一通り、全員の顔を見終わるとプロンテスはその場に立膝を付いた。
「人の子は面白いと聞いていたが、様々な個体がいるものだ。欲を見せるも人、見せぬも人。少なくとも、我が知る神々よりは欲は少ない」
「それは違う。人間はどうしようもなく強欲だ。力を持てば持つほど、それが分かりやすくなるだけだと思う」
勇輝は純粋に自分が思っていたことを話す。大抵、何かしらの大きな力を得たものは、それを超えるものを求めようとしてしまう。
「なるほど、そりゃそうだ。あたしも伯爵の娘じゃなかったら、もう少し、お淑やかだったろうぜ」
「えー、それはどうかな」
「ありえ、ない」
「なんだとー!?」
マリーがサクラとアイリスの方に両手を回して拘束する。あわあわするサクラに無表情で親指を立てるアイリス。フェイも言葉にこそ出さないが、表情が全てを物語っている。
「――――というわけで、俺たちは無事帰ることができればいいかなって、ことで」
「なるほどな。では、これはどうかな。気にせず持って行け。ここにあるよりは使われた方がこいつらも喜ぶはずだ」
三度、地上に叩きつけられたハンマーはいくつかの金属や鉱石を入れた小さい箱を呼び出した。ユーキの目には、どれも異常なほど魔力が宿っているのが見て取れた。
「各々、好きな物を持っていくといい」
「そこまで言われたら貰うしかないか……」
真っ先にフェイは白銀のインゴットを手に持った。見た目よりも軽いのか、両手で抱え上げた瞬間、体が後方へとよろける。
マリーもアイリスやサクラを抱えたまま箱の前まで近寄ってくる。
「へー。綺麗じゃん。じゃあ、あたしはこれにしよっ!」
「私は……これ」
「それなら、私は名前つながりでこれかな」
それぞれが赤色、青色、桜色の宝石を手に取る。どれも原石ではあるが拳大を優に超える大粒の宝石だ。出すところに出せば金貨がいくらあっても足りないような値段が付きそうではある。
ユーキは宝石を見るのは良いが着飾る趣味はないので、何を選ぼうか非常に悩んでいた。そんな自分をプロンテスが、じっと見つめていることに気付く。
プロンテスはおもむろにハンマーを掲げると空中で一振りして、ユーキの頭上で寸止めした。思わず両手で頭を守るユーキの体を甲高い音が通り抜けていく。恐る恐る顔を上げると、プロンテスは難しそうな表情でユーキを見つめ続けていた。
「あの、何か……」
「お前さん。まさか……いや、そんなはずは……」
プロンテスの瞳が今まで以上に見開かれ、細かく揺れ動くのが見えた。その動揺に周りも何事かとプロンテスの動向を窺う。
「あれだけの魔法を使ったのに、架空神経がほとんど出来ていない!? まさか、ほとんど、魔法の鍛錬をしとらんのか!?」
「えーと、魔法の存在を知ったのが二ヶ月前というか」
勇輝は申し訳なさそうに言葉を返す。
「そ、それはそれで疑問が残るが、才能があるのにもったいない。ヒヨッコどころか生まれてすらいない卵のレベルでこの力なら、鍛えればどこまで伸びるのか。後ろを向け、ちょっとばかり動くな。動けばプチンといくから」
「え、ちょっと何するつもりですか!?」
びくびくと怯えながらも、後ろを向くと、腫物でも触るかのようにハンマーがユーキの背中まで迫ってくる。肩越しに見つめているとユーキの背中にゆっくりと平らな面が触れた。
――――バチンッ!!
「――――ガッ!?」
唐突に電撃がユーキの背中に炸裂した。全身の筋肉が引き攣り、思わず体が仰け反って前へと倒れる。次いで体中の血管が沸騰でもしているかのような感覚に襲われた。
『ユーキさん。大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃない。っつーか、メチャメチャいてぇし、熱いし、わけわかんない――――!?」
ウンディーネの呼びかけに辛うじて答えていると、自分の真上からプロンテスの声が降ってきた。
「うむ、上出来も上出来。初めてやったが上手くいったようだ」
「あの、ユーキさんに何をしたんですか?」
「案ずるな。少しばかり、我が『雷霆』を授けただけよ。この者、その才がある。いずれ目覚めていただろうが、それを目覚めさせる手伝いをしただけだ。――――とはいえ、いささか逸り過ぎたか。卵の殻を剥ぎ取ったつもりが叩き潰してしまってはいないだろうな?」
口から空気が漏れ出る音を聞いて、プロンテスも心配そうにユーキを見下ろす。
『まったく。そういうことをするならする、と最初に仰ってください』
ウンディーネが姿を現すとユーキの背中へと手を置いた。
青い光がユーキの背中に波紋のように広がると、ユーキの呼吸がすぐに収まっていく。
「あれ? おかしいですね。こんな早く収まるとは思ってなかったんですけど……」
「いや、この感覚。前に一度、経験しているからね。さっきのままだったらきつかったけど。ウンディーネのおかげで助かったよ」
ユーキは足を震わせながら生まれたての小鹿のように立ち上がった。すぐに近くにいたフェイとサクラが駆け寄って支える。
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