サイクロプス討伐戦Ⅰ
――――決戦まで残り五十分。トレントのいる階層にて。
時折、夜空という名の天井から轟音が響く。見れば、一部の空は剥がれ落ち、炎こそ見えないが黒い煙が燻っているのが見えた。
炎と関連するからか、普段は動かないトレントも林の外周まで来て様子を窺っている。彼らが右往左往しているのはそれだけが理由ではない。数日前から姿を現した同族の姿を騙るモンスターの姿が忽然と消えたことも、要因の一つとしてあるだろう。
見渡すばかりの平原に突如現れた林。平原に住んでいたモンスターたちは林の奥へと消えていき、二度と戻ってこなかった。今はダンジョンの機能で平原には様々な四足歩行の猛獣や空を飛ぶ猛禽類が姿を見せているが、その光景にトレントは訝しんだはずだ。
――――あの不届き者どもは一体どこに?
そんな思いから警戒するのも無理はない。ついさっきは、自分たちの守る林にまで少ない数とはいえ接近して来たこともある。もしや、既にどこかから大群が攻めてきているのかもしれないと思うとじっとしていられない。
また、空いた穴とは別に、空の彼方から微かに響く音もある。リズムよく同じテンポで聞こえることも有れば、不意に止まり、再び音が聞こえだす。まるで二階に住む住人が歩き回っているように、だ。
若いトレントはあちらへ行ったりこちらへ行ったりを繰り返し、老齢のトレントになるほど、じっくりと腰を据えて事態の推移を見守っているように見えた。
その視界の中に不意に二人の人影が写った。枝や葉が揺れ動き、ざわめきが場を支配するが近づいてくる二人は意に介さず、武器すら抜くことなく近づいてくる。
「――――あの空。一体何が?」
「わかりませんが、ここのモンスターとは思えません。恐らく、魔法学園の生徒が放ったものかと」
「先ほどから、嫌な音が響いているね。あの穴だけじゃない。まるで地響きだ。巨人でもいるんじゃないだろうね」
一人は男、もう一人は女。トレントにはその程度の認識で十分だろう。問題はこちらに敵意があるか、後ろに生えている動けぬ木々たちを害する者であるかどうかだ。
「――――それよりも先に、目の前のモンスターを気にされた方がよいのでは?」
「いや、その必要はないだろう。襲ってくるのならば、やっているだろうからね。既に彼らの枝葉の射程圏内に入っている」
そう言うと手のひらの上に、球状の水を作り出す。その光景に枝葉の擦れる音がさらに大きくなるが、初めてそこで老齢のトレントが進み出た。
それに合わせるように男も一人で目の前に進み出る。そのまま跪くと水を頭上へと掲げた。トレントは地に着けていた根を一本持ち上げると軽く水の玉へと触れる。どこにそのような力があるのだろうかと思う程、水は一瞬にして吸収された。
しばらくするとトレントは揺れ動き、それに合わせて背後にいたトレントたちは道を譲るように動いていく。男は立ち上がると振り返った。その視線の先には、一緒について来ていた女の姿がある。
「どうしたんだい。先にいこう」
「は、はい」
呆気に取られている女に呼びかけると、女は慌てて男の下へと駆け出す。多くのトレントに見送られるように歩いていく中、女は疑問を口にする。
「――――一体、何をしたんですか? トレントは襲うどころか、道を譲ってくれましたけど」
「簡単なことだよ。トレントは木々を守る番人だ。その為には、木々を育てる水を差しだして敵意がないことを示せばいい。逆に火なんて見せたら殺されても文句は言えない。――――まぁ、森を守るために使ったなら見逃されることもあるだろうけどね」
木々に揺れる葉のように、男の水色の髪と女のポニーテールの金髪が左右へと動く。トレントが見守る中、彼らの姿は森の奥へと消えていった。
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